「これまで貴公には言わずにいたが、この国を視察して確信を得ることができたので、アテナの伝言を伝える」 俺のカイザー説得工作は、大嘘から始まった。 「アテナの伝言?」 カイザーは、案外本気で、俺のレオブルク公国来訪の目的を“猫”だと思っていたのかもしれない。 猫見物でなくても、せいぜいレオブルク公国の公爵と聖人の仲裁のために この国に来たんだろう――くらいのことしか考えていなかったんだろう。 俺が険しい顔で アテナの伝言なんてことを言い出したことに、奴は少なからず驚いたようだった。 俺が城内のみならず 毎日城下の町に出て あちこちうろついていたことは、カイザーに報告がいっていたに違いない。 まあ、城の者たちは――レオブルク公国の者たちは――そのほとんどが瞬の味方だから、俺が毎夜 瞬の許に通っていることまでは報告されていなかったかもしれないが。 しかし、その件がカイザーの知るところとなっていたとしても、俺の計画の障害にはならない。 「アテナからの伝言だ。レオブルク公国内で不正が行われている。その不正に神々が怒り、この国を滅ぼすことを決定した。その事態を免れるために、なるべく早く 不正を正せと」 「不正? 不正とは何だ」 「俺がこの国を見てみた限りでは――それは瞬を捕えていることだろうな。その件以外では、貴様は 一応いい領主のようだ。神々の怒りを その身に受けて滅びてしまいたくなかったら、あの子を解放しろ」 「あれは罪人だ。邪悪な力でゴールディをたぶらかした」 「では、神々の怒りは速やかに この国に落ちるだろう。死にたくなかったら――」 「知らぬ。死など、この俺が恐れると思うのか」 「不正がいつまでも正されなければ、神々の怒りは、貴様だけでなく この国全体に及ぶぞ。それでもいいのか」 「くどい! あれは、俺にだけ忠誠を誓っていたゴールディを惑わした魔女だ。屈してなるか!」 ゴールディをたぶらかしたの、惑わしたのと、つくづく男の嫉妬は強烈だな。 俺には 全く理解できん。 瞬に愛されている猫に嫉妬するならわかるんだが、あの清らかで可愛い瞬を憎むなんて、こいつ、姿は人間だが、中身は本当に獣なんじゃないのか。 レオブルク――“獅子の町”という国名からして、公爵家には獣の血が流れていそうだ。 獣が相手なら実力行使も やむを得ない。 そう考えて、俺はまず、公爵の私室の暖炉の火を凍らせた。 炎を炎の形のままで。 そして、城全体に俺の凍気を行き渡らせる。 自分の目の前で何が起こったのか わかっていないような顔をして、カイザーは しばらく炎の結晶を見詰めていた。 そうしているうちにも、カイザーの髪や睫毛に霜が降り始める。 さて、いつまで もつか。 カイザーは、俺の瞬をいじめた大悪党。 これも、身から出たサビ。 この程度の お仕置きは、まだ生ぬるいくらいだ。 正義の味方であるアテナの聖闘士にあるまじきことだが、(一応)いい領主のカイザーが 瞬に命乞いする姿を想像して、俺の心は思い切り弾んだ。 |