瞬のピンクの小宇宙発生の原因は、氷河と瞬の過ぎる情交。 そして、氷河は、その行為を やめる気はない――やめることは不可能(と、氷河は断言した)。 アテナの聖闘士たちは、そういうわけで、氷河と瞬の情交は これまで通りに継続されるという状況を大前提にして、星矢が睡眠不足に陥らない方法を考えなければならなくなってしまったのである。 そんなことが可能なのか。 それは、本当に解決できる問題なのか。 そう考えて沈鬱な表情になった星矢と氷河に、 「小宇宙を感じ取ることができるのは聖闘士だけなんだから、いっそ 氷河と瞬が城戸邸を出るというのはどうだ? 氷河と瞬が城戸邸を出て、どこかにマンションでも借りて、一般人の中で 二人暮らしを始めるというのは。氷河と瞬が 城戸邸から1キロも離れたところで暮らすことにすれば、戦いの時に燃やす小宇宙と違って、瞬が無意識のうちに燃やしてしまう程度の小宇宙なら、俺たちにも感知できなくなるだろう」 という画期的なアイデアを提示してきたのは、某龍座の聖闘士だった。 「それ、いいかも! いいじゃん、二人暮らし!」 解決は到底 不可能と思われる難問も、少し視点を変え 構えをなくせば、存外 解決に至る道はあるものである。 紫龍の提案に、星矢は すぐに飛びついた。 もう この手しかないと言わんばかりの勢いで身を乗り出した星矢に、だが、氷河は色よい反応を示してこなかった。 「俺と瞬が城戸邸を出て、二人暮らし? 俺は構わないが、瞬は――」 その解決策に 氷河を乗り気にさせなかったのは、瞬がアテナの聖闘士の中で最も仲間同士の友情に重きを置き、この城戸邸に愛着を感じている人間であるという事実だった。 アンドロメダ島が消滅し、城戸邸の他に身を寄せる場所を持たない瞬は、アテナの聖闘士たちの中で最も城戸邸での暮らしが長い。 仲間たちが それぞれの修行地に出掛けている時にも、瞬はいつも この城戸邸で 仲間たちの帰りを待っている。 城戸邸の他に帰る場所を持っている他の仲間たちと違って、城戸邸は瞬にとって唯一無二の“家”なのだ。 そこに仲間たちが集っている状況を 誰よりも喜ぶのは瞬だった。 その瞬に 城戸邸を出ることを求めるのは、氷河はあまり気が進まなかったのである。 瞬が その求めに喜んで応じるとは考えにくかったから。 だが、星矢の考えは違っていた。 離れて暮らしていても仲間は仲間――というのが星矢の考えだった。 城戸邸を出て二人暮らしをするといっても、シベリアや どこぞの絶海の孤島に行けというわけではないのだ。 瞬が無意識のうちに生むレベルの小宇宙は感じ取れなくなっても、1キロ2キロの距離は、聖闘士にとっては十分に“スープの冷めない距離”だった。 「そこは、おまえがうまく説得しろよ。やってることが 俺たちにばれないとなれば、瞬だってきっと これまで以上に――それこそ、おまえの好きなだけ やらせてくれるようになるぞ。自立心も養えるし――そうだ、瞬の手料理なんてものも食えるじゃん。二人きりなら、城戸邸のダイニングでみんな揃って食うのと違って、『あーん』なんて阿呆な真似もできるぞ。いや、そもそも朝食の時間を守るために 起床しなくていいから、好きなだけ朝寝もできる。それどころか、飯も食わずに、朝から やりまくることだって可能! いいこと尽くめだぜ!」 紫龍が提示した解決策は、氷河と瞬の自立心だけでなく、これまで何かと瞬に頼っていた天馬座の聖闘士の自立心をも養うことになるだろう。 氷河と瞬の二人暮らし開始を機に、自分も瞬への依存心をなくすことができるようになるかもしれない。 至極前向きに、星矢は そう考えたのである。 誰にとっても いいこと尽くめだと星矢は気負い込んだのだが、そんな星矢に、氷河は あからさまに渋面を向けてきた。 「二人暮らしの有益性はわかったが、おまえ、その品位の『ひ』の字も、デリカシーの『デ』の字もない言い方はどうにかならないのか。言い方と言葉を選べ。やるの やらないのと、露骨で下品な――。瞬に聞かれたらどうするんだ」 「現に瞬は聞いてないんだから、いいじゃん、別に。どんなに下品で露骨でも」 「まあ、それはそうだが……」 氷河が、それで納得した素振りを見せる。 それで納得していいのかと紫龍は思ったのだが、それはさておき。 星矢に説得されて、氷河は 龍座の聖闘士の提案を前向きに検討する気になったらしい。 であればこそ、彼は、 「瞬の手料理で『あーん』はなかなか楽しそうだが、瞬は料理ができるのか」 という新たな疑念を持ち出してきたのだろう。 「えっ」 星矢は、氷河に問われたことに すぐに答えを返すことができなかった。 氷河が提示してきた新たな疑念――超根本的な その問題の答えを、星矢は知らなかったから。 「知らねー。瞬は、お茶をいれるのは うまいけど、俺、瞬が料理してるとこなんて見たことねーし」 散々 氷河をけしかけ 煽っておきながら無責任の極みだが、知らないものは知らないのだ。 微妙に眉をしかめて、星矢は そう答えるしかなかった。 その答えを知らないのは、紫龍も同じである。 「城戸邸では厨房に立つ必要がないからな。アンドロメダ島では 食事はどうしていたんだろうな」 「アンドロメダ島って、絶海の孤島だったんだろ。魚の丸焼きとか食ってたんじゃねーか。あとは、海草とか貝とかのシーフードくらいか」 「炭水化物は、あの辺りだと、ヤムイモ、タロイモ、キャッサバあたりだろう。凝った料理のイメージはないな。ソースという概念すらなさそうだ」 「かもなー……」 一見しただけなら女の子と見紛うこともある泣き虫の瞬(と その兄)が、城戸邸に集められた子供たちの中で最も過酷な土地で聖闘士になるための修行を積んできたことを、今更ながらに思い出し、瞬の仲間たちは いわく言い難い気持ちになったのである。 そういう環境に放り込まれたら、おそらく 大抵の人間は、野性的で粗野で荒っぽい人間になるだろう。 それこそ、瞬の兄がそうであるように。 にもかかわらず――そんな環境で6年もの年月を過ごしたというのに、その繊細さや 神経の細やかさを失わなかった瞬の自我の強さは、驚嘆に値する。 実際、瞬の仲間たちは、その事実に感嘆し驚嘆した。 心の底から驚嘆し、感動さえしたのである。 問題は、自我の強さと料理の腕の間には全く相関性がないということだった。 |