「騒がしいわね。いったい どうしたの」 著名な宇宙人であるところの城戸沙織は、まるで 安普請のアパートの隣室の騒音に文句を言いにきた一般人みたいに 気安く、さりげなく、俺たちのいる客間に入ってきた。 普通なら 俺ごときは 半径100メートル以内に近付くこともできないような 世界的超大物の登場。 だが、俺は動じなかった。 政財界に多大な影響力を持つ大物でも、宇宙人の総元締めでも、彼女は 俺にとっては どうでもいい人だから。 俺にとっての最重要人物は、俺が12年間 思い続けてきた瞬さんなんだ。 「氷河と瞬がバトルを見られた」 大雑把男が、グラード財団総帥への注進に及ぶ。 「瞬を宇宙人だと信じてるみたいで――いや、そんなことは どうでもいいんだけどさあ」 「問題は、瞬が宇宙人だと思われていることより、彼が 瞬を……なの子と思い込んでいることの方だろう」 「まあ」 大雑把男と長髪男は 天下のグラード財団総帥に対して 随分と砕けた口振りで――俺には、彼等が雇用主と使用人という間柄にあるようには見えなかった。 いや、そんなことも どうでもいい。 俺が瞬さんを何だと思い込んでいる? 長髪男は、何と言った? 大雑把男は 声をひそめることなど思いつかないらしく、相変わらず 遠慮のない大声だったが、長髪男の方は 用心深く声をひそめていて――奴が 城戸沙織に何と言ったのか、俺には聞き取ることができなかった。 グラード財団総帥が眉をひそめて 俺の方に視線を巡らせてきたところを見ると、少なくとも彼女にとって それはあまり歓迎すべき事柄ではなかったようだった。 天下のグラード財団総帥が、ゆっくりと俺の方に歩み寄ってくる。 見た目は10代の少女。 グラード財団総帥は 俺より小柄なのに――なぜか俺の方が見おろされているような錯覚に、俺は囚われた。 これは大物ゆえの貫禄、大物ならではの威厳なのか? いや、違うな。 俺は選挙期間中なんかに 我が国の国務大臣を何人も近くで見たことがあるが、その中の誰一人、ここまで圧倒的な迫力を備えた奴はいなかった。 「――」 すっかり 気圧されて 息をするのも困難な状況に陥っている俺に、グラード財団総帥は、にこやかに、あでやかに微笑してみせた。 そして、まるで普通の人間みたいに申し訳なさそうな表情を作り、軽く左右に首を振った。 「あなたのために こうするのがいちばんいいと思うの。あなたが瞬を宇宙人だと信じているだけなら、それは事実ではないのだから放っておくのだけれど、あなたは、瞬を……ょせいと信じているようだから」 何と言ってる? 俺が瞬さんを 何だと信じている? 俺は瞬さんを何か誤認しているのか? そんなはずはない。 もし そうだったとしても、俺は瞬さんの瞳の美しさが偽りのものでない限り、決して――。 「忘れなさい」 グラード財団総帥 城戸沙織が 俺の目を見詰め、命じる。 この人は何者だ。 これは宇宙人の力なのか、それとも――。 それとも何だと、俺は思ったんだろう。 俺は、彼女に、 「はい」 と答えていた。 『はい』と答えて――そうして、俺は忘れたんだ。 俺の 綺麗で温かく優しい初恋の宇宙人のことを。 俺の記憶の中――俺の脳裏に刻み込まれている瞬さんの面影が、徐々に薄らいでいった。 |