瞬の計算は完璧で、瞬は、自分が計算したことを完璧に実行した。
その日、太陽がまもなく中天に差し掛かろうという時刻。
イスの都の王は おそらく、瞬の身体を貪ることに満足し、自身の欲望をすべて瞬に受け入れてもらえたことに満足し、瞬は恋人の情熱に圧倒されて しばらくは立ち上がることもできないだろうと確信して、深い眠りに落ちていた。
王の確信は決して間違ったものではなかったのだが、瞬の中には、アンドロメダ座の聖闘士の意識と力があった。
もう立ち上がることはできないと思った その瞬間から、アテナの聖闘士は本領を発揮するのだ。
眠っている王に『ごめんなさい』の一言を囁く力も残っていなかったが、瞬はなんとか、イスの王の城から500メートルほど離れた浜辺にある犠牲の岩にまで辿り着くことができたのである。

瞬に計算ミスがあったとしたら、それはただ一つ。
イスの都の王の中にも、瞬同様、アテナの聖闘士の意識と力が存在していたということだけ。
犠牲の岩に辿り着いて安堵し、瞬が その岩場に座り込んでしまった時、ある一人の男が 犠牲の岩に影を落とした。
太陽はまさに今 中天にあり、冬を知らないイスの都は明るく暖かい陽光に覆われている。
にもかかわらず、その時、瞬の目の前は 絶望のために真っ暗になった。

「陛下、早く城に戻ってください。お願い……!」
「嫌だ」
イスの都の王の答えは断固としたもので、彼を城に追い返せるだけの力は もう瞬の中に残っていなかった。
時間はもうない。
瞬に残っている時間は、イスの都の民に心の中で詫びる時間だけだった。

「氷河……。どうして氷河は いつもそう我儘なの……」
「俺は所詮、王の器じゃないからな。俺は、俺の大切な人を守るためにしか戦えない男だ。おまえとは違う」
「氷河……」
本当に生きていてほしい人は氷河一人だけなのだと言ってしまうことのできない人間の気持ちが、氷河にはわかっていない。
大人は結局、駄々っ子には勝てないようにできているのだ。

氷河が瞬を抱きしめる。
その胸の中で、瞬は祈り願っていた。
(神様、神様、ごめんなさい……。どうか、イスの都の民を助けて……!)
その時 瞬が祈り願った神は誰だったのか。
アテナか、イスの都を作った神か。
あるいは、そのどちらでもない瞬の中にだけいる神だったのか。
それは瞬自身にもわかっていなかった。

瞬と氷河の目の前にある海が、不自然に震え 波立ち始める。
それが見る間に 透き通った巨大な水の壁になり、その壁が イスの都を覆う空になり――やがて イスの都は海を空として戴く海底の都へと変貌していった。






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