すべては計画通り。 いかにもイッキの好みらしい(繊細さを欠いて実用的な)円卓をはさんで 向かい合った椅子に腰掛け、ヒョウガは、シュンに乞われるまま、士官学校でのイッキの話をたっぷりとしてやったのである。 多分に不本意ではあったのだが、シュンに いい印象を持ってもらうために、主にイッキを称賛し 持ち上げる話を。 シュンの兄が どれほど見事な剣の使い手だったか、銃の腕が優れていたか。 学業の場で、指導官と対等に丁々発止で意見を戦わせ、指導官に舌を巻かせたこと――等々。 褒める気がなくても、士官学校でのイッキのエピソードを語っていれば、それは どうしても彼の優秀さの証を羅列することになる。 そんなことを懸命に語っている自分に、ヒョウガは苛立たないわけでもなかったのだが、シュンは、兄のことだけでなく、ヒョウガのことも あれこれと尋ねてくれたので――その問い掛けに答えることによって、さりげなく 自分の自慢もできたので――ヒョウガは その不愉快な作業に 何とか耐えることができたのだった。 「兄は真面目で努力家なんですが、人と慣れ合うのが嫌いで、積極的に友人を作ろうとしない人なんです。負けず嫌いというより、兄は、自分と他人を比較することをしない。相対評価ということ自体を好まず、常に最高最上級を目指そうとするんです。そんな兄でも、シャンタル伯爵のように実力の拮抗した好敵手がいたら、意識せずにはいられなかったでしょうね」 「さあ、それはどうか わからん。俺は、負けたことはなかったが、勝ったこともなかったからな。イッキには」 以前は、並び称されることもあった二人だったのに、今では二人の立ち位置は 天と地ほどにも違ってしまっている。 イッキはフランス王国軍の最高司令官、自分は悪名だけが高い宮廷の退廃貴族。 シュンの称賛、シュンの笑顔は嬉しいが、ヒョウガの心は複雑だったのである。 そんなヒョウガの気も知らず、シュンは、自分の知らなかった兄の姿を語ってもらえることを素直に喜んでいるようだった。 シュンは、ヒョウガの複雑な心など知りようもないのだ。 ヒョウガも、そんなことをシュンに知らせる気はなかったが。 「本当に、兄と伯爵は良き友人、良きライバルだったんですね。僕は次男で爵位は継げないので、僧籍に入ろうと考えていたんですが、考え直そうかな。士官学校に入るのには、僕の歳では もう遅いでしょうか」 「貴族なら、士官学校への入学は、希望すれば 何歳になっていても どうとでもなると思うが……。それは何の冗談だ?」 シュンは冗談を言っているのだと、ヒョウガは思った。 もちろん、それは愉快な冗談に決まっている――と。 なぜ それが冗談ととられるのか理解できていない顔で、シュンがヒョウガの顔を見詰めてくる。 「冗談を言っているつもりは……。僕、これでも兄に仕込まれて、結構使えるんですよ。剣も、銃も。さすがに大砲は実際に撃ったことはありませんが、理論だけならわかっています。一応 貴族ですから、入学資格もありますし……」 「入学資格だと……?」 ポンパドゥール夫人の提案で設立された王立の陸軍士官学校には、その心身に よほどの問題がない限り、貴族の男子なら誰でも入学が許される。 その生徒の多くは、継ぐべき爵位のない貴族の次男坊三男坊、中央での出世を夢見る地方の貴族の子弟たちだったが、どんな貧乏貴族でも、フランス王国とフランス国王のために戦う意思のある貴族の男子でさえあれば、入学だけは許された。 その資格がシュンにあるということは どういうことなのか。 ヒョウガは、しばし考えた。 否、彼は かなり長い間 考え込んでいた。 考えて――考えに考えて、ヒョウガは やがて ある一つの結論に辿り着いたのである。 「お……お……おと……おと……」 『おとこーっ !? 』と、ヒョウガが かろうじて叫ばずに済んだのは、彼に神の加護があったからだったのか、あるいは、その結論が衝撃的すぎて、声が出なかっただけだったのか。 それから どうやって自分の館に辿り着いたのか、ヒョウガは よく憶えていなかった。 「すみません。お話が楽しくて、長く お引きとめしてしまいました。あの……ぜひ、また いらしてくださいね」 シュンが、そう言ってくれたことだけは おぼろげに憶えていたが。 |