「氷河。絵梨衣さん、すごく 手強いの。僕一人の力じゃ、どうすることもできない。だから、力を貸して。星の子学園に、僕と一緒に来てくれない?」 瞬が氷河に そう頼んだのは、瞬が5度目の星の子学園訪問から帰ってきた日のことだった。 その日も、これまで同様 成果らしい成果は得られず、だが、決して絵梨衣に冷たく追い返されたわけでもない。 これまでの訪問と、今日の訪問とで、何が違っていたわけでもない。 しかし、だからこそ――このまま星の子学園への訪問を続けていても 何も変わらないことが、瞬には わかってしまったのだ。 瞬が星の子学園を訪ねる日には、氷河が必ず 星の子学園の最寄駅で 瞬の戻りを待っていてくれた。 名目は、瞬が入っている養護施設まで、瞬を送り届けるため。 本音は、(おそらく)瞬が馬鹿な考えに囚われ始めていないかを確かめるために。 瞬は、星の子学園を辞去する時刻を、特に決めているわけではない。 休日の訪問か、平日 学校の授業を終えてからの訪問かで、帰りの時刻は ばらばらだった。 辞去の時刻を あらかじめ決めておき、絵梨衣に、自分の訪問が義務や仕事の一環であるように感じさせることを避けたかったから。 しかし、駅には必ず氷河がいる。 そして、瞬の表情が暗く沈んでいると、『大丈夫か』と言って、瞬の肩を抱きしめてくれた。 氷河は優しいのだ。 情に流されやすい瞬の心と身体を、いつも案じてくれている。 その優しさは、本当は 絵梨衣のためにあるものだというのに。 一緒に星の子学園に行ってほしいと瞬に頼まれた氷河は、だが、すぐに、 「冗談じゃない」 と、瞬の頼みを撥ねつけてきた。 氷河が一瞬の逡巡すら見せないのは、それも 彼の優しさ――彼なりの優しさと誠意なのだ。 氷河は、彼の“運命の恋人”ではない恋人のために、わざと そんな冷たい態度を示してみせるのである。 それは 瞬にも わかっていたのだが――。 「氷河は、自分が絵梨衣さんに会ってしまうと、その途端に 僕を忘れて、絵梨衣さんに恋してしまうと思ってるの? それが不安だから、絵梨衣さんに会えないの?」 わかっていても、瞬は氷河に食い下がった。 「そんなことがあるわけがないだろう」 またしても即答。 いっそ 迷いや不安を覚えている様子を垣間見せてくれたらいいのに――と、瞬は思ってしまったのである。 氷河が少しでも“正しい運命”の力を恐れている素振りを見せてくれたなら、自分も不安になって、氷河を彼女に会わせる計画を断念できるのに――と。 だが、氷河が あまりにきっぱりと その可能性を否定してみせるから、瞬は言わないわけにはいかなかったのだ。 「運命が勝つか、僕たちの思いが勝つか。氷河を信じてるから、僕は試してみたいんだ」 と。 「……」 氷河が無言で、瞬を見詰めてくる。 氷河は、瞬という人間が 人の心を試すようなことを考える人間ではないことを知っている――知ってくれている。 瞬が『試してみたい』と言い出したのには何か企みが――もしかしたら、“運命の力”の勝利を信じる気持ちが 瞬の中にあるのではないかと、氷河は疑っているはずだった。 それでも 氷河が最後には瞬の頼みをきいてくれたのは、彼が“正しい運命”の無力を 彼の恋人に示してやろうと考えたからだったろう。 氷河は、瞬のために、彼には あまり愉快ではない瞬の頼みをきくことにしてくれたのだ。 氷河のそんな考えも、瞬には わかっていた。 “正しい運命”の力が どれほどのものなのかは全く わからなかったが、氷河の気持ちだけは、瞬にはわかっていた。 |