川辺の藤袴の許まで 来る時には、二人共 ほぼ無言だったのに、戻る時は 瞬はずっと口をききっぱなしだった。 話すことは ほとんどすべて植物の――主に野草の――話だったが。 川岸の土手はもちろん、舗装されたアスファルト道の両脇にも、人間の手が入っている公園内にも――野草は、どこにでも幾種類も たくましく その命を育んでいる。 話の種は そこここにあり、話題は尽きることがなかった。 口数は 瞬の10分の1程度だったが、氷河も瞬の話に応じて 彼なりの意見や感想を 瞬に返してくれた。 天気のよい休日のこととて、川岸や公園内を散策している人間は少なくない。 足元や道路の脇に生えている雑草にばかり目を向け、指差しながら歩いている高校生の二人連れは、傍目には奇異なものに映っていたかもしれない。 すれ違う人たちに カップルだと――奇妙なカッブルだと思われているらしいことは わかったのだが、瞬は それで嫌な気分になることはなかった。 それほど、氷河と過ごす時間は楽しかったのである。 瞬には、過ぎていく時間が、実際より ずっと短く感じられた――楽しくて、あっというまに過ぎていった。 そして、その“あっというま”の内に、瞬は氷河との間に距離というものを ほとんど感じなくなっていたのである。 「ハコベやナズナについて、これほど薀蓄を語ることのできる人間がいるとは思ってもいなかった」 褒めているのか呆れているのか、そんなことを言ってくる氷河に、 「ハコベやナズナに関する薀蓄を、嫌がらずに真面目に聞いてくれる人がいるなんて、僕も これまで考えたこともなかった」 と返すことができるほどに。 奢るつもりだった お茶代は、いつのまにか氷河に支払われてしまっていたが、彼に、 「俺も勉強になったから。そして、これからも教えてもらうつもりだから」 と言われた瞬は、『せめて割り勘に』と食い下がることもできなかった。 氷河が口にした『これからも』という言葉が嬉しくて、思いがけなくて――瞬は、変なところで向きになって、氷河の言う『これからも』が ふいになる可能性のあることは 極力避けたかったのである。 もっとも、その懸念は杞憂にすぎなかったかもしれない。 氷河は、 「あの川の もっと上流には カワラナデシコが 生えているところもある。さすがに 花はまだだが――また二人で来よう」 と、瞬に言ってくれたのだ。 カワラナデシコ――別名 ヤマトナデシコ。 氷河が その花の名を口にするのを聞くのは、瞬は 今日が初めてではなかった。 「そういえば……最初に会った時、僕のこと ヤマトナデシコって言ったでしょう。とんでもないヤマトナデシコだって。どうして?」 あの時、氷河が ふいに そんなことを言い出した理由がわからず 不思議だったから、瞬は そう尋ねたのだが、氷河は 瞬に そう問われることの方が不思議だったらしい。 彼は そういう顔をした。 「野草は あまり得意とは言えないが――ナデシコの花くらいは、俺も知っている。おまえを見た人間の普通の連想だと思うが。ピンクの可愛い花だ。それが男子なんだから、“とんでもない”だろう」 ピンクの可愛い花。 それが野に咲く野草の花であれ、温室で育てられる観賞用の花であれ、瞬は 植物全般が好きだった。 だが、花にたとえられることは好きではない――少なくとも、嬉しくはない。 悪気はないのだろうが、自分に そういうことを言う人たちは、『女の子のようだ』と言う代わりに、自分を花に例えるのだということを、瞬は これまでの経験から よく知っていた。 これまで、人に そういうことを言われるたびに、瞬は、立腹することまではしないが、落胆することはしてきた。 物心ついた時から 幾度も言われ、そのたび 気落ちしてきた その言葉。 だが、それを言うのが氷河なのであれば――氷河に言われると――全く嫌な気持ちにならない。 それどころか、嬉しい――ような気がする。 そして、氷河が 自分を薔薇や蘭に例えないことを、瞬は、極めて妥当かつ適切な評価だと思った。 |