氷河は、それが どんなことであれ、瞬が絡むこととなると、意欲的精力的 かつ 真面目 かつ 真剣熱心に取り組む男である。 自らの趣味を“瞬をモチーフにした創作文芸”と定めると、氷河は、翌日から早速、意欲的精力的 かつ 真面目 かつ 真剣熱心に、その趣味に取り組み始めた。 もはや、氷河の一日のスケジュールに“ぼんやり”“ぽつねん”の時間は1秒たりとも存在しない。 瞬が城戸邸内にいる時は これまで通りなので、“寝る間も惜しんで”ということにはならなかったが、それ以外の氷河の時間は ほぼすべて、“瞬と瞬への恋をモチーフにした文芸創作”に充てられ、氷河は 再び、“常に覇気に満ち、意欲的で精力的な男”に戻ったのである。 氷河は、自室で、図書室で、視聴覚室で、瞬へのラブレター執筆に いそしんでいた。 それがアテナの聖闘士に ふさわしいことなのかどうかの判断評価は さておいて、何もせずに“ぼんやり”しているよりはずっと いい、“ぽつねん”状態よりは はるかにまし――と、星矢と紫龍は思っていたのである。 少々 気になるのは、氷河が彼の創作の成果を 彼の仲間たちに一向に披露しようとしないこと。 それが小説なのか、詩なのか、日記なのか、書簡なのか――形式はともかく、その内容は瞬へのラブレターなのだから、それを瞬以外の人間の目に触れないようにするのは自然なことだろうが、氷河は彼の力作を瞬にすら読ませていないというのである。 他人のラブレターを盗み読みたいとは思わなかったが、氷河に公開する気があるのなら 一読くらいはするつもりだったのに、瞬にも読ませない瞬へのラブレターとなると、それが どんなものなのか 気になるではないか。 氷河の趣味への没頭振りに加えて、その秘密主義が、否が応でも 氷河の創作物への星矢たちの興味を煽ることになった。 「おまえの力作、俺たちにも読ませてくれよ」 「まだ書き上がっていない」 「途中でもいいからさ。おまえが瞬へのラブレターを書き始めて、もう一ヶ月近くの時間が経ってるんだ。それなりの量が書けてるんだろ?」 星矢が 読ませろと要求している間も、氷河の指は 恐るべき速さでキーボードのキーを打っている。 このスピードで一ヶ月近く 日中の大部分を、氷河は この趣味に投入していたのだ。 既に相当量の文章が書きためられているはず。 が、氷河は すんなり『諾』とは言わなかった。 「完結したら読ませてやらないこともないが、未完の状態だと、俺の気持ちが正しく伝わらないような気がして、人に読ませようという気にならんのだ。瞬には特に」 「おまえ、いったい どんな大長編ラブレター書いてんだよ。いいから 読ませろって。俺が添削してやるからさ」 そう 勿体ぶられると、ますます読みたくなる。 星矢は なおも食い下がったのだが、氷河の態度は極めて厳しいものだった。 「最終的に、瞬に読んでもらうものなんだから、俺の自己満足じゃなく、俺の真意が正確に瞬に伝わるように 文章を練らなければならないんだ。推考も念入りにしなければならない。そういうことを あれこれ考えると、文章を書くという行為は 結構 難しいことだし、時間もかかるんだ。いずれ 読ませてやるから、今は俺の邪魔をするな」 「……」 そう言いながら、パソコンのディスプレイを見詰めている氷河の目は真剣そのもの。 そんな氷河を見ていて、星矢は思い出したのだった。 氷河が、本来は極めて真面目な男で、“ちゃらんぽらん”“お座なり”といった単語とは縁のない男だったということを。 氷河は ただ、その真面目さ、熱心さを、自分の興味のない分野では全く発揮しないだけなのだということを。 そして 氷河は、一度 こうと決めたら、梃子でも動かない頑固な男。 そんな男が、今 彼が唯一真剣になれる分野で 一大事業を成し遂げようとしているのだ。 彼の力作を見るのは、やはり作品完成の時を待たなければならないようだった。 |