「合シュン? 何なの、それ」 『合シュンに出てくれ』と星矢に言われた瞬は、その耳慣れない言葉の意味を同い年の友人に尋ねたのである。 耳慣れないどころか、それは 瞬が生まれて初めて聞く言葉だった。 星矢が、鼻の頭を かりかり かきながら、笑っているのか呆れているのかの判断が難しい顔をして、その言葉の意味を瞬に知らせてくる。 「合シュンのシュンは饗宴シュンだ。合シュンは合同シュンポシオンの略。合シュンは、ちょっと大掛かりなシュンポシオン――大饗宴――ってとこか。ま、シュンポシオンつっても、プラトンが書いたシュンポシオンとは違って、哲学について語り合うわけじゃないんだけどな。パイデラスティアの隆盛のせいで、昨今のアテナイでは出生率が極端に低下してるんだよ。その現状を憂えたアテナが、アテナイの男女の出会いの場を設ける計画を立てたわけ。大勢の男女が集う場で、気の合った結婚相手を見付け、子供を儲けてもらおうって算段だな」 「アテナが……」 少子化問題は、もちろん 解決されなければならない重大な問題だろう。 子供は国の宝。 国の未来を担う子供のない国は衰退するしかない。 子供の数が減れば、それは、国を守る市民軍の縮小を余儀なくされる事態を招くだろうし、芸術活動や その他の産業の担い手も減る。 そもそも人間がいなくなれば 国が成立しない。 知恵と戦いの女神にして、学芸・芸能の守護者でもある女神アテナが、国の未来を憂えるのは当然のことである。 星矢が複雑な表情を浮かべているのは、少子化問題の解決に乗り出したアテナが処女神で、彼女自身は そういった方面での生産活動に携わるつもりは全くないことに、彼が皮肉を感じているからだったろう。 アテナ個人は、自らの処女性にこそ価値を置いていて、子を成すことに いかなる価値も意義も覚えていないのだ。 アテナは純粋に(?)、アテナイの国を――アテナイ市民個々人ではなく、アテナイという国の行く末を――案じているのである。 これほど皮肉なことはない。 だが、瞬には アテナイという国の将来を案じる義理も義務もなかった。 「僕はエティオピアの人間で、アテナイの市民じゃないよ。アテナイには勉強のために来ているだけで、そういう大人の問題に関わるのは、あんまり……」 「けど、おまえは アテナイの高い文化の恩恵に預かっている身だろ。アテナイに恩返ししろよ。俺は おまえに合シュンに出てくれって頼んでるだけで、子供を作れなんて言っているわけじゃないんだ。おまえが子供を作っても、その子がアテナイの市民になるわけじゃないし、いくら何でも おまえは子供を持つには若すぎるし」 「でも……じゃあ、僕に何ができるの」 星矢は、彼の友人がアテナイ市民でないこと、15歳という瞬の年齢を忘れているのではないようだった。 つまり、瞬が何人 子供を作ろうが、それはアテナイの人口を増やすことにはならないのだということ、瞬が子供を持つには早すぎる年齢だということを。 その事実を 星矢が忘れていないというのなら なおさら、瞬には、星矢の依頼の意味がわからなかったのであるが。 星矢が顎をしゃくって、女神アテナ主催の合シュンにおける瞬の役目の説明を始める。 「おまえに やってもらいたいのは、つまり、釣りの餌なんだよ。“エティオピアの瞬”の名前は、アテナイ中に鳴り響いてるからなー。アテナイのどんな美少年より、どんな美女より可憐清純な姿の持ち主――ってさ。おまえが来るとなれば、おまえと お近付きになりたいアテナイの男共が こぞって合シュンにやってくるだろ?」 「……」 褒められているというより、茶化されているような気がする。 星矢は本気で そんなことを言っているのかと、瞬は思い切り 困惑してしまった。 「僕が アテナとアテナイのお役に立てるのなら、そうしたいけど……」 瞬が暮らしているアテナイの この屋敷は、芸術、工芸、戦略を司る女神アテナが、祖国の文化振興のためにアテナイにやってきた 瞬のために提供しているもの。 彼女の計画に協力できるのなら、もちろん 瞬はそうしたかった。 しかし、アテナ主催の合シュンの目的が、男女の出会いの場の提供と、その成婚なのであれば、男性を呼び寄せるために 男子である自分が その場に赴くことは、大変な矛盾のような気がしたのである、瞬は。 「お役に立てるに決まってるだろ。これは おまえにしかできないことなんだ」 「でも……」 「俺、アテナに合シュンの幹事を言いつかったんだよ。万一、合シュンを失敗させちまったら、俺、アテナに いびり殺されちまう。俺を助けるためだと思って、協力してくれよー」 星矢はアテナイ市民ではないが、アテナの統べる聖域で、女神アテナに仕える身。 星矢には アテナの命令は絶対なのである。 星矢は、祖国を離れてアテナイに留学してきている瞬の アテナイでの生活全般の面倒を見てくれている少年だった。 その“面倒”の見方は かなり大雑把なものだったが、それでも 瞬は 星矢には大いに感謝していた。 そういう恩義がなくても、瞬は、明るく陽気で屈託も裏表もない、自分と同い年の少年に好意と友情を抱いていた。 瞬が、唯一人の肉親である兄と離れ、異国で一人で生活する寂しさに耐えていられるのも、星矢の明るさのおかげ。 自分が本当に アテナとアテナイの“お役”に立てるのかどうか、自信は全く なかったのだが、最終的に瞬はアテナの計画に協力することにしたのである。 |