「瞬、いけません」
瞬の脳に直接 響いてきたのは――もしかしたら、それは瞬の脳にではなく、瞬の心に響いてきたのだったかもしれない――瞬の生む気流が嵐に変わった瞬間だった。
アテナの声と意識。
それがアテナの声だということは わかるのだが、その声が どこから響いてきているのかは、瞬にはわからなかった。
“今”からなのか、“未来”からなのか。
そして、その声は自分にだけ聞こえているものなのか、氷河にも聞こえているのか、それとも 宝瓶宮中に響き渡っているものかどうかも。
瞬にわかることは ただ、アテナがアンドロメダ座の聖闘士の戦いを正しいものと思っていないこと、瞬の決意を許し認めるつもりがないことだけだった。

「でも、アテナ――」
「駄目よ。わかっているでしょう」
「アテナ、僕は――」
「戻りなさい。あなたの世界、あなたの時間、あなたの仲間たちの許に」
「アテナ……!」
「私の命令です」
「嫌だっ」
アテナはもちろん 城戸沙織にさえ逆らったことのなかった瞬の、それは初めての造反だった。
厳しく毅然としていたアテナの声が、我儘な駄々っ子を諭す母親のそれに変わる。
アテナは、瞬に 瞬の間違いを知らせてきた。

「瞬。あなたがカミュを倒せば、氷河は、あなたにカミュを倒させてしまったことを悲しむのよ。氷河は あなたを憎んだりしない。悲しむの」
「憎まない……悲しむ……?」
「そうよ。あなたが氷河を悲しませてどうするの。駄目よ。あなたは、氷河の――あなたの仲間たちの生きる理由――希望でなければならないわ。あなたの仲間たちが、あなたの希望であるように」
「アテナ……」

アテナの言葉は、瞬の胸を衝いた。
瞬の心臓を掴み、その心を震わせ、そして、瞬に 自らの過ちを気付かせることをした。
アンドロメダ座の聖闘士が為そうとしたことは、氷河を救おうとして傷付けること。
氷河を苦しめまい、悲しませまいとすることは、ただの甘やかしで、氷河を更に不幸で みじめな聖闘士にするだけの行為なのだ――と。

瞬はアテナの言葉に従うしかなかった。






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