依然として、瞬は、氷河の師の宮にいた。
ただし、守護する黄金聖闘士が いなくなった宝瓶宮に。
氷河とカミュ――不幸な師弟の戦いが行われた あの日から、数ヶ月もの時間が過ぎたというのに、戦いの傷跡が いまだ 宮のあちこちに残っている。

ここは、“あなたの世界、あなたの時間、あなたの仲間たちの許”。
そこには、氷河がいた。
母を失い、師を倒し、兄弟子の命を奪った、白鳥座の聖闘士が。
「瞬……」
氷河は、苦しんでいる者の目で、瞬をじっと見詰めていた。
“ここ”にいて、氷河は すべてを見ていたらしい。
否、見せられていたというべきか。
それは、いかにも クロノスの しそうなことだった。

「なぜ、こんなことを……。おまえが カミュを倒そうなんて――」
幸い そんなことにはならなかったのに――そうすることはできなかったのに――氷河の眼差しは 苦しげだった。
もしアンドロメダ座の聖闘士が 本当に氷河の師を倒してしまっていたら、この十倍も百倍も、氷河の瞳は苦しみの色を濃くしていただろう。
アテナが言っていた通りに。
そうならずに済んだことを 喜ぶべきか、それとも悲しむべきなのか、今の瞬には わからなかった――喜ぶことも悲しむことも、今の瞬にはできなかった。

「だって 僕は――」
『だって 僕は、氷河を苦しめたくなかった』
瞬は そう言ってしまうわけにはいかなかったのである。
それでは、アンドロメダ座の聖闘士の愚かな振舞いが、氷河のせいで為されたことになる――氷河に責任を転嫁することになる。
既に十分 苦しめてしまった氷河に、瞬は そんなことは言えなかった。
氷河には すべてが わかっているようだったが。
そして 彼は、すべてが自分のせいで起きてしまったことだと考えているようだったが。

「違うんだ。すまない。俺は おまえに あんなことをさせるつもりはなかった……」
「誤解しないで。氷河のせいじゃないよ。僕は、僕のために――僕が氷河を殺さずに済むようにするために あんなことをしたんだ」
それは決して嘘ではなかったのだが、ならば なおのこと、瞬に そんなことを願わせてしまったのは自分だと、氷河は考えたらしい。
「すまない、俺が自分勝手で――そして、弱すぎた……」
「そんなことは……。あんな つらいことばかりがあったら、誰だって――」

苦渋に満ちた声で仲間に謝罪してくる氷河に、瞬は結局 慰撫の言葉で応じるしかなかった――氷河の非を すべて否定しきることができなかった。
アンドロメダ座の聖闘士が この暴挙に及んだ原因の一端は氷河にもあると、瞬は認めないわけにはいかなかったのである。
ただ 瞬は、心というものを持つ一人の人間として、氷河の考え、氷河の振舞いは 自然で無理からぬことだと思っていたし、だから彼を責めるつもりは全くなかった。
氷河が命を奪った者たちは、彼の敵ではなく、彼の愛する者たちだったのだ。
氷河が自らの死を願うほどに自分自身を責める気持ちが 瞬には理解できたし、それは誰にも責めることのできない悲しい心情だと、瞬は思っていた。
仲間に同情し 仲間を慰めようとする瞬の心を見てとったらしい氷河が、その首を横に振る。






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