おそらくは アテナの差配で、敵味方が入り乱れて倒れ伏している場に 医務班の人たちが駆けつけてきたのは、氷河が その場を立ち去ってから十数分が経った頃。 アテナは、現場に氷河が向かったのなら援軍は不要と判断して、負傷者の対処だけを考えたんだろう。 その場にいても 俺にできることは何もなさそうだったから、医師たちの邪魔にならないように、俺も その場を離れたんだ。 「どうすれば聖闘士になれるんですか。才能がなくても、努力すればなれますか。何があれば聖闘士になることができるんでしょう」 処女宮に戻った俺が、瞬さんに そう尋ねたのは、多分に氷河への当てつけだったろう。 聖闘士になるのは無理と、氷河が断じた あいつ等。 氷河にとっては あいつ等と十把一絡げなんだろう この俺が聖闘士になったら、氷河に目にものを見せることになる。 怒りに任せて、氷河がすぐそこにいるのに(むしろ、氷河がそこにいるからこそ)、俺は瞬さんに訊いていったんだ。 聖闘士になる才能――聖闘士になれるだけの才能。 そんなものが 俺に備わっていないことは、自分でもわかっていた。 でも、そんな才能に恵まれている人間ってのは、ごく少数だろ。 だから、黄金聖闘士になるのにも、天賦の才型と叩き上げ型の二通りがあるわけで。 その才能に恵まれていない大部分の人間は、その才能の欠如を 何で補うんだ。 地上に生きる人々を守りたいという目的意識か、平和な地上を実現するっていう夢や理想なのか。 氷河みたいに冷たい奴でも――人間として欠陥品としか言いようのない氷河でさえ 聖闘士になれたんだから、人徳がなくても聖闘士になれることはわかってた。 「……」 俺が問うたことに、瞬さんは 答えてくれなかった。 その可愛らしい顔に 瞬さんがいつも浮かべていた微笑も消して、ただ切なげな目で俺を見詰めてるだけで。 もしかしたら、努力だけでは聖闘士になれないから? やっぱり 尋常の人間には持ち得ないような才能が必要だから? 俺は、氷河に当てつけるために 氷河のいるところで そんなことを訊いただけだったんだけど、瞬さんは それを俺の心からの真剣な願いだと思って、俺を傷付けないために 本当のことを言えないでいる――んだろうか。 瞬さんの眼差しが あんまり切なげだったから――俺は 瞬さんを困らせるために そんな質問を口にしたわけじゃなかったから――すぐに、『冗談です。俺は、聖闘士じゃなく、おやっさんみたいに腕のいい職人になりたいんだ』と言おうとしたんだ。 けど、俺が そう言う前に、氷河が俺の質問に答えを返してきた。 「聖闘士になるために必要なのは、運だ」 と。 「運――運命?」 ほとんど反射的に問い返した俺の言葉を、氷河が訂正する。 「運だ。俺は運がよかったから、聖闘士になれたんだ。俺には、星矢と違って才能はないし、瞬と違って崇高な理想もない。紫龍と違って使命感も持っていなかった。俺にあったのは運だけだ。俺は運だけで聖闘士になった」 そう、氷河は言った。 言ったのが氷河じゃなかったら、俺は それを偉大な黄金聖闘士の謙虚の現われだと解していたかもしれない。 そう言ったのが、俺に途轍もない強さを見せつけてくれたばかりの氷河だったから、俺は それを揶揄だと思った――思わないわけにはいかなかった。 運もなければ、才能もない俺。 別に本気で聖闘士になりたいなんて思ってたわけじゃなかったのに――そんなつもりじゃなかったのに――俺は ひどく がっかりした気分で処女宮を辞することになったんだ。 処女宮を出てから、いつのまにか おやっさんの姿が宮の中から消えていたことを思い出して――おやっさんは先に戻ったのか、何か別の用事があって どこかに行っているのかを確かめようとして、宮の中に逆戻り。 そうしたら、瞬さんが氷河を責めている(?)声が聞こえてきた。 「あれじゃあ、努力しても聖闘士になれないと言っているようなものだよ。あんな言い方はよくないよ」 「俺は事実を言っただけだ。俺は運がよかったから聖闘士になれた。おまえたちに会えたから」 「なら、せめて、友情が聖闘士になるための力になったとか言ってあげればよかったのに……。仲間に恵まれ、仲間を信じる気持ちがあれば、一人では成し遂げられないことも成し遂げられるよって」 「人が、信じようと思って人を信じることができるようになるものなら、そう言う。だが、人を信じる気持ちは、そういう生まれ方をしない」 「それはそうだけど……」 氷河は もしかしたら、才能も運もない俺を嘲笑うために あんなことを言ったんじゃなかったんだろうか。 自分が 本当に“運”で聖闘士になったから――そう思ってるから――氷河は その思いを言葉にしただけだったのか? 処女宮の荘厳なドーリア式の柱の陰で、俺は、全く 傲慢さのない氷河の言葉に驚いていた。 氷河が――今度は 氷河が瞬さんを責め始める。 「おまえだって、何も言ってやらなかったじゃないか。努力すれば 聖闘士になれるとも何とも」 氷河の真意がどうなのかは 知らないが、瞬さんが俺に何も言わなかったのは、俺を傷付けないためで、言ってみれば 優しさから出たことだ。 それは責めるようなことじゃないと、俺は氷河に言ってやりたかったんだが――実際 俺はそうしようとしたんだが、俺はそうすることができなかったんだ。 瞬さんが――瞬さんが 思いがけないことを言い出したせいで。 「そう言いたかったよ。でも……氷河にだって わかってるでしょう。彼には才能がある。だから言えなかったんだ」 そう、瞬さんは言ったんだ。 そんな瞬さんに、氷河が わざとらしく大仰な溜め息をついてみせる。 「聖闘士になる才能どころか、努力する才能もなくて、俺に引導を渡された馬鹿共に気を遣ったか」 「氷河……」 「おまえは、四方八方に気を遣いすぎなんだ。あの馬鹿共は、おまえの優しさにも気遣いにも一生 気付かない」 あんなことがあったばかりなのに――俺の同輩たちが ことごとく敵に倒され、聖闘士になるって夢を捨てるかもしれない状況に追い込まれてるっていうのに――。 もしかしたら、俺は実は氷河より冷たい心の持ち主なのかもしれない。 瞬さんと氷河の やりとりを聞いた俺は、聖闘士志願の同輩たちのことを瞬時に忘れてしまった。 俺に才能がある? 瞬さんが、俺の才能を認めてくれてる? それは何の冗談だ。 いったい、どういう冗談なんだ。 それとも冗談じゃないんだろうか――? 俺の冷酷で馬鹿で単純な心臓が、どきどきと強く大きく波打ち始める。 その鼓動があんまり大きくて強くて――それ以上 そこにいたら、俺は 俺の心臓の音を 瞬さんたちに聞かれてしまいそうだった。 だから、俺は 慌てて こっそり その場から逃げ出したんだ。 『おい、おまえ。頼むから、少し落ち着け』って、自分の冷たい心臓に言いきかせながら。 |