小学校6年生。 感受性が強くて、しかも マンガやアニメのヒーローは ただの夢物語にすぎないと気付き――あるいは、気付いた振りをして、大人ぶりたい歳頃。 それでなくても、あの頃の私はませていた。それも、悪い方に。 この世の中に確かなものなどない。 人の上に立つ偉い大人も、虐げられている弱い者たちも、いじめっ子も、いじめられっ子も、人はどうせ いつかは死ぬ。 人の命は儚く、そんな人間が生きている世界に、確かで明瞭な正義や友情や愛だのが存在するわけもない。 今は夢や希望を抱いている人間も、やがては挫折して、代わりに失望や絶望を知ることになる。 愛だの友情だの、夢だの希望だの、そんなものは存在しないことを知っている大人たちが白々しい顔をして、『それはある』と言うのは、子供を騙すためなんだと、あの頃の私は――いや、あの夜の私は思っていた――確信していた。 人の親になった今なら わかるんだがな。 大人は子供を騙すつもりはなく――ただ、この世界に 希望や夢や愛があることを 子供に信じていてほしいだけなんだ。 そうして幸せになってほしい。 そう願っているだけ。 だが、当時の私はわかっていなかった――あの夜の私は わかっていなかった。 大人の気持ちなど わかるはずがない。 同じクラスの子供の気持ちさえわからずにいたのに。 人は誰も いつかは死ぬ。 どうせ死ぬんだから、夢や希望を抱くことは もちろん、絶望することだって無意味。 生きていることは もちろん、死ぬことにだって大した意味はない。 どうせ意味がないなら 面倒のない方――楽な方を選んだ方がいい。 あの夜、私は そう考えて、家を出たんだ。 人がたくさん集まっている街で、どこかのビルから飛び降り、派手に死んで、ニュースになってやる。 そう考えて。 それが、俺をいじめた奴等、俺のために何もしてくれなかった奴等への復讐になる。 そう夢想して。 どこから飛び降りれば、より多くの人に俺の不幸と悔しさを知ってもらえるか。 私は――俺は、俺の死に場所を求めて、夜の街を さまよった。 クリスマス一色の街。 街を歩いている奴等は、誰もが楽しそうで 幸せそうだった。 不幸な人間は俺しかいなかった。 少なくとも、俺の目には そう見えた。 こいつ等に、その幸せはいつまでも続かないんだってことを教えてやろう。 そのことを知れば、こいつ等は もう幸せではいられなくなるだろう。 そうすれば、俺だけが不幸な人間ではなくなる――。 死ぬことを恐いとは思わなかった。 大事なのは、俺が死んだあと、できるだけ多くの人間を不幸にすること、どれだけ多くの人間を不幸にできるかだった。 その目的を達成するのに最適の場所はどこか。 その場所を求めて、俺は歩道の端に立ち止まり、クリスマス一色の街を見まわしたんだ。 そして、気付いた。 いや、それは向こうから、俺の目の中に飛び込んできたんだ。 ものすごく目立つ二人連れ。 最初に俺の目を奪ったのは、背の高い方の金髪。 一瞬遅れて、金髪男の隣りにいる ものすごい美少女。 二人は、目立つことをしているわけでも、目立つ服を着ているわけでもなかった。 金髪男の方は、絶対に防寒のためじゃなく カッコつけのために着てるって断言できる、薄手のロングコート。 美少女の方は、白いハーフコート。 いい服なんだろうけど、特に派手で人目を引く恰好をしてるわけじゃなかった。 二人が目立っているのは、服のせいじゃなく――二人が その身にまとっている空気がすごかったんだ。 二人は輝いていた。 何かが普通の人間と違うんだ。 俺は最初、二人を芸能人か何かなのかなと思った。 アイドルとかには興味がなかったから、名前まではわからなかったけど。 みんなが振り向いてた。 さすがに大人は、その存在感に驚いても立ち止まるようなことはしてなかったけど。 通り過ぎてから、自分の連れに、『誰?』とか『あの二人、なに?』とか訊いたりするだけ。 俺は大人じゃないから、正直に(?)その場で ぽかんとしてた。 綺麗で、明るくて、楽しそうに幸せそうに笑ってる二人。 どこへ行くんだろう。 俺はこんなに不幸なのに。生きてても仕方なくて、もうすぐ死ぬのに、あの二人は、俺の不幸になんか永遠に気付きもせず、どこかに行ってしまう。 そんなことがあっていいのかって、俺は思った。 他の誰でもない、あの綺麗で幸せそうな二人にこそ、悲惨な現実と俺の不幸を見せつけてやらなきゃならないって。 そう思った時、多分 俺の精神状態は普通じゃなかった。 普通の判断力がなかった。 いつもの俺なら、死んで 当てこするにしても、もっと普通の人間を相手に選んでいたはずなんだ。 あそこまで圧倒的な幸不孝の差、存在価値の違いを見せつけられたら、普段の俺なら、この二人は俺とは別世界に生きている人間だと感じて、妬みなんか覚えなかったはずだ。 あの時、俺は絶対に普通じゃなかった。 これから死のうとしている人間が“普通”でいるはずないけど。 何か抗い難い力に引かれ導かれ、俺は、周囲に光を振り撒いているような その二人を追い始めたんだ。 あの二人の前で、うんと無残に死んでやると決めて。 |