その時、その場で 最も男らしい態度を見せてくれたのは、おそらく、知恵と戦いの女神アテナだった。
あふれる涙を止めることができずにいる瞬、エスメラルダ。
そんな二人に お手上げ状態の一輝、氷河、星矢、紫龍。
間違いなく今世紀最大の修羅場にして愁嘆場を、しばらく無言で見詰めていた沙織は、その場で 実に雄々しく 重大な決断を下してくれたのだ。
「いいわ。年内に、エスメラルダの引退コンサートを開きましょう。それで、最後に大きく稼いでもらって、エスメラルダとグラードエンターティメントの契約を解消。エスメラルダと瞬には 自由をあげるわ」
と。
「え !? 」

瞬とエスメラルダの涙が止まらなかったのは、もしかしたら 本当は、今の二人には、泣くことの他にできることがなかったから――だったのかもしれない。
エスメラルダのアイドル契約期間が あと4年弱 残っている限り、エスメラルダがアイドル生活に戻るか、瞬が彼女の代役を続けるか、二人に選ぶことのできる道は その二つしかない。
二人は そう思っていたのだ。
しかし、今、沙織によって 第三の道が示されたのである。
瞬とエスメラルダは、即座に泣くのをやめた。
感受性が強く 繊細で、涙もろく、清らかな人間が、弱い心の持ち主とは限らない。
戦う術、戦う武器、進むべき道を与えられれば、二人は 地上で最も強い人間になれる二人だったのだ。

「Nサン・スタジアムか Yハマ・アリーナ――至急、大きな箱を確保するわ。それに加えて、全国2、300ヶ所でライブ・ビューイング。エスメラルダには もう新しい仕事は入れないわ。最後の大仕事よ。やってくれるわね?」
「あ……」
沙織の あまりの潔さ、あまりの男らしさに圧倒され、声も出ない。
紫龍の、
「年内といっても、もう12月も半ばを過ぎている。場所を押さえるのは難しいのでは……」
という懸念も、沙織は、
「グラードの力で何とかします」
の一言で退けてくれたのである。

「沙織さん……」
「本当に……いいんですか?」
沙織の決断に、瞬とエスメラルダに異存のあるはずもない。
『大勢のファンのためのアイドルでいることをやめ、一輝と共にいたい』というエスメラルダの望みと、『日本男子の誇りにかけて、女装まがいのフリルの衣装など着たくはない』という瞬の望み。
その望みを叶えるためになら、瞬とエスメラルダは どんなことでもできたのだ。
二人の涙は もう乾いていた。

かくして、怒涛の師走が始まったのである。






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