「納得できん。おまえは こんなに美しく優しくて聡明だ。なのに、髪の色が金色じゃないだの、瞳の色が青くないだの、そんなくだらないことで無能者扱いされる。あまりに理不尽だ」
「氷河……」
「いや、納得できないのは――愚かだったのは、おまえに会うまで、それを当然のことと考え、疑問にも思わずにいた、これまでの俺自身だ」
「氷河は、ブルーアンバーの国民が、自国の王に期待し望んでいる通りの王でいてくれたんだよ」
氷河がしたことは それだけで、だから氷河は何も悪くないのだと、瞬は言うのでしょう。
けれど 氷河は、それしかしてこなかった これまでの自分――それ以上のことをせずにいた 今までの自分が悔しいのでした。

瞬が、そんな氷河に、責める色の全くない微笑を手渡してきます。
「僕たち平民の間ではね、『麦を与えられたら、おいしいパンを焼け。泥を与えられたら、上等のレンガを作れ』っていうの」
「どういう意味だ」
「与えられた環境で、最善のことをしろっていう意味だよ。運命を受け入れろっていうこと。麦でお城を建てることはできないでしょう?」
「そんな運命など、くそ食らえだ! おまえこそが、この国で最も価値ある人間だ。俺は、それを すべての人間にわからせたい!」
「それは氷河の買いかぶりだよ」
「買いかぶりなものか! おまえが野に出ると、すべての花たちが おまえに向かって微笑みかける。鳥たちが飛んできて、おまえのために綺麗な歌を歌い始める。非力な小動物はもちろん、獰猛な獣たちですら、おまえの側にやってきて おまえの手で撫でてもらいたがる。人間だけが、おまえの価値を認めようとしないんだ!」
人間は 植物や動物が持っていない知恵というものを持っているはずです。
その知恵を使って、住居を建て、作物を栽培し、家畜を飼い馴らし、道を作り、川に橋を渡すこともしてきたのに、人間の価値だけは見極められない。
それは本当に奇妙なことでした。

「俺がおまえを愛していることを 皆に知らせれば、貴族はおろか平民たちまでが、王は血迷ったか、とんでもない酔狂を起こしたのかと、呆れ驚くだろう。正気を失ったのではないかと、本気で心配する者もいるかもしれない。自分たちの愚昧蒙昧に気付きもせずにだ! おまえに対する俺の思いを そんなふうに思われることに、俺は耐えられん!」
「それは、でも、神の定めた掟で――」
「そう定めたのは神じゃない。人間だ。それも、最初に神々から その権利を授けられた者ではなく、その男の子孫や周囲の者たちが 既得権益を失うまいとして――」
「それを不快と感じるなら、氷河はブルーアンバーの国王ではなく、反体制思想の持ち主ということになってしまう。それは危険なことだよ。この国にとっても、氷河自身にとっても」

だから 現状を不快に思うことをやめろと、瞬は言うのでしょうか。
この国とこの国の王を案じるゆえのものと わかっていても、氷河は瞬の不安そうな眼差しが苛立たしく、もどかしく、切なかったのです。
自分と瞬の置かれている立場が逆だったなら、氷河は 迷うことなく、この国に革命の狼煙を上げていました。
愛する人を 正々堂々と『愛している』と言う権利を手に入れるために。
ですが、瞬は そんなことは毫も考えていないようで――瞬は、運命によって与えられなかったものを手に入れようとすることは危険なことだと思っているようでした。
瞬は美しく優しい心を持っていましたが、万事控えめで、欲がなく、慎重にすぎ、冒険心や挑戦心に欠けるところがありました。
それは、ブルーアンバー国の平民の美徳――持たざる者の美徳と言っていいものだったかもしれません。
けれど、氷河はブルーアンバーの国の王でした。
氷河は、持てる者。
氷河は欲しいものは すべて手に入れたい男、諦めることや我慢することが大嫌いな男だったのです。


とはいえ、仮にも国の主権者である王が 自分の国に反逆するわけにはいきません。
そんなことをしたら、反逆するのも氷河、反逆されるのも氷河という奇妙な事態が現出してしまいます。
それでも せめて この国が 氷河が自分の力で建てた国だったなら、ブルーアンバーは名実共に 氷河の国、氷河には国を変革する権利もあったでしょう。
けれど、あいにく ブルーアンバーは氷河が父祖から受け継いだ国でした。
その更に大元は神々からの下賜。
氷河一人の一存で どうこうすることはできなかったのです。
その事実に 氷河は歯噛みをし、ひとしきり歯噛みをしてから気付きました。
この国は、この国の建国の祖が神々からたまわった国。
となれば、ここは神の出番ではないか――と。

そうです。神々は王の上位に位置する者たち。
彼等の命令には、王とて従わないわけにはいきません。
神々に『瞬との恋を全うせよ』と、ブルーアンバーの国の王に命じさせればいいのです。
それなら貴族も平民も――すべての国民が納得するはず――納得せざるを得ないはず。
それは素敵な思いつきでした。

立っているものは神でも使え。
寝ているようなら、叩き起こして使えばいいのです。
そうと決まれば、善は急げ。
人目を忍んでの瞬との逢瀬を嫌というほど堪能しまくり、もうたくさんという気になっていた氷河は、その日 早速、ブルーアンバーの国で最も格式の高い万神殿パンテオンに向かったのです。
神々の神託を手に入れるため、自分に都合のいい神託を引き出すために――もとい、仰ぐために。






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