瞬の命が失われる可能性があることを考えれば――氷河は やはり、『そんな危険な審判には臨みたくない。僕は これまで通り 我慢する』という答えの方を、瞬に期待していたのだったかもしれません。
そして、瞬も、いつになく及び腰な氷河の様子に気付いていなかったはずはありません。
もちろん 瞬は気付いていたでしょう。
なのに、瞬は、氷河に尋ねてきたのです。
「その審判に臨んで失敗しても、僕は 誰にも迷惑をかけないかな? ブルーアンバーの国にも、ブルーアンバーの国の民にも。失敗した時の犠牲は僕の命だけで済むの?」
と。
それだけではありません。
氷河が瞬に答えを返すことができずにいると、そうなのだと察したらしい瞬は、氷河が驚き呆れるほど あっさりと、
「僕が失敗しても、氷河が悲しまないと約束してくれたら、僕は その審判に挑戦するよ」
と氷河に答えてきたのです。

瞬の命が失われても悲しまないなんて、そんな約束はできません。
氷河は すぐに首を横に振りました。
「……駄目だ。やめよう」
「やる」
「瞬!」
これまで氷河の言に逆らうようなことを 一度としてしたことのない瞬が、よりにもよって自分の命がかかった危険な賭けに、奇異に思えるほど毅然とした態度を示してみせる――。
氷河は、瞬の無謀を、悲鳴じみた声で非難しました。
瞬が、そんな氷河に微笑で答えてきます。
「僕……僕が、我慢の嫌いな氷河に ずっと我慢を強いてきたことは わかってるの。僕が ブルーアンバーの石の審判に臨めば、それが成功しても失敗に終わっても、少なくとも 氷河は これ以上 我慢し続けることだけはせずに済むようになるでしょう?」
「瞬!」

瞬の瞬らしからぬ果敢は、瞬を恋する男のためのもの。
そうと知らされた氷河は、であれば なおさら、瞬の無謀を思いとどまらせなければなりませんでした。
「瞬! おまえを死なせないためになら、俺は 一生 我慢を続ける!」
瞬の命を危険にさらさないためになら、氷河にできないことはありませんでした。
自分を曲げることも、欲しいものを欲しいと言わずに我慢することも、瞬のためになら、氷河はできました。
氷河は知らなかったのです。
瞬の優しさ、清らかさ、美しさ、瞬が無欲で忍耐強いこと――そういったことは ちゃんと知っていたのに、瞬が 愛する者のためになら いくらでも強くなれること、誰よりも果敢な人間になれることを、氷河は これまで知らずにいたのでした。
そして 瞬は、いつもの優しげな微笑を浮かべたまま、けれど きっぱりと言ってしまったのです。
「僕は、ブルーアンバーの石の審判に 明日 挑むよ」
と。

「承知した」
どこからともなく、万神殿で氷河に神託を授けた正体不明神の声が降ってきます。
『ブルーアンバーの石の審判は、一度 臨むと決めたら、やめることはできない』と、正体不明神は言っていました。
もう後戻りはできません。
「瞬……」
王を思うゆえの瞬の決意を責めることもならず――今の氷河にできることは、憤りと悲痛の色の入り混じった目で、神々を祀る万神殿と瞬を その視界に映すことだけでした。






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