石を責めればいいのか、神を責めればいいのか――瞬が何を願ったというのか。 何を願ったとしても、それが これほど迅速に死を与えられるほど醜く凶暴な願いだったはずがありません。 「いったい 瞬が何を願ったというんだ……!」 その答えは、青い琥珀ではなく、黒衣の神の唇が氷河に語ってくれました。 「その者は、すべての人間の幸福を願ったのだ」 「なに?」 「ブルーアンバーが青く輝くのを見た その者は、『世界中のすべての人が幸せになれますように』と願った」 憤っているのか、恐れているのか、驚嘆なのか――黒衣の神は長い吐息を吐き出しました。 「必ず叶う願いと知っていながら、そのような願いを願った者は、かつて一人もいなかった」 「それが 人間ごときには傲慢な願いだというのか。たから、瞬は石の怒りに触れたというのか !? 」 そんなことがあっていいものでしょうか。 それは 私利に走った醜く凶暴な願いではありません。 確かに それは、“人間風情”が本気で願っていい願いではないのかもしれません。 だとしても、それは 命を奪われるほど傲慢な願いでしょうか。 醜く凶暴な願いでしょうか。 氷河は 黒衣の男を睨みつけ――けれど、黒衣の男は 氷河の抗議の睥睨に微動だにしませんでした。 「その者の清らかな魂は、人間の身体には ふさわしいものではない。その者の魂は、余が 青い琥珀の中に封じ込めた」 「なに?」 「大欲は無欲に似ている――いや、無欲は大欲に似ていると言うべきか。これほど大きな欲を持つ者は人であるべきではない。これほど価値ある魂は、神にこそふさわしい」 それは非難なのか称賛なのか。 ともあれ、黒衣の神が瞬の願いに心を動かされたことだけは事実のようでした。 それは氷河も同様です。 もっとも、氷河の心を動かしたのは、黒衣の神の理不尽な物言い そのものでしたけれど。 「瞬の魂を石に封じ込めただと !? ふざけるな!」 人間の魂を石の中に――それも、ただの石ではありません――封じ込めるなどということができるからには、この黒衣の男は神々の中でも相当の力を持つ神なのでしょう。 氷河は、ですが、そんなことで ひるんではいられませんでした。 「瞬を元に戻せ! 瞬は俺のものだ。俺に断りなく、勝手なことをするな!」 「この者が そなたのものだと? 余が勝手をしただと? 勝手なのは そなたの方であろう。それこそ、人間風情が思い上がるでない。それに―― 一度 人体以外のものに封じ込められた魂は、その器が破壊されぬ限り 解放されることはない。それが石でも花でも。そなたに この石を砕く勇気があるか? この国における そなたの権威を保証する石を? そなたは、この青い琥珀によってブルーアンバーの国の王であることを、神に許されているのだぞ」 ブルーアンバーの王に、この石を砕くことはできない。 黒衣の神の理不尽は、それを見越してのことだったのでしょう。 黒衣の神の言葉に、氷河は一瞬 ひるみました。 この国の王位は、氷河自身が己れの力で手に入れたものではありません。 それは父祖の代から受け継がれてきたもの。 国の民に慕われ、民に慕われる王になってほしいと願っていた母の思い。 瞬も、同じことを願っているでしょう。 更には、王の一存による暴挙が国民に混乱と不安を与える可能性。 もちろん、氷河は ひるみ、ためらいました。 けれど、それと同時に。 所詮 この国の王位は 神の許しなしには維持できない地位。 氷河が今 ある地位は、神々に『そなたには与えられぬ』と言われれば、そのまま失われる地位なのです。 ならば そんなものはいらない――と、氷河は思ったのです。 どうしても欲しかったなら、どうあっても自分が この国を治める者でいたかったなら、神の許しになど頼らず、俺は 自分の力で王位を手に入れてやろう――と。 そして、氷河が今 いちばん欲しいものは、ブルーアンバーの国の王位などではなく、瞬という存在でした。 たとえ 神が許さなくても、氷河は瞬が欲しかった。 氷河には、氷河が生きているために、どうしても瞬が必要だったのです。 となれば、ひるむ必要も 迷う必要もありません。 氷河の為すべきことは決まっていました。 「神の許しなどいるものか! 神が許さないのなら、俺は この国の王位などいらない。そんなものは、カラスにでも くれてやる!」 右の手で瞬の身体を抱きかかえ、氷河は その場に立ち上がりました。 そうしてから 氷河は、左の手に帯剣していた剣を握り、その柄をブルーアンバーの国王の地位を約束する青い石の上に叩きつけたのです。 「最初から こうすればよかった。瞬を連れて、さっさと こんな国を出ていればよかったんだ!」 神々に与えられたブルーアンバーの石、ブルーアンバーの王権の象徴である石は、気が抜けるほど あっさりと――まるで 1ヶ月王も前に紅葉し落葉して乾ききっていたブナの葉が 小リスに踏まれて飛び散るように 他愛なく粉々に砕け散ってしまいました。 琥珀は、とても――本当に もろい宝石なのです。 |