ここはどこだ。 ――と訝っていたのは、ほんの数秒だけだった。 俺は、その真っ白い空間に見覚えがあった。 見覚えがある――という言い方は、正確ではないな。 ここは、本当に何もない 真っ白な空間で、見て記憶できるようなものは何もない場所だ。 あの時の夢――瞬に出会った あの幸せな夢。 あれから10年の時が経った。 瞬は 心配していたようだったが、聖闘士になるなんて、案外ちょろいもんだったな。 せいぜい10回 死にかけるだけで なることができた。 俺は、明日、聖域に行く。 聖衣は無事に手に入れたし、守護する宮がある黄金聖闘士でもないから、アテナの呼び出しでもない限り、青銅聖闘士の俺が わざわざ聖域に行く必要はないんだが、アテナのいる聖域でアテナを守護していれば、アテナを狙う邪神共と戦う機会に恵まれるかもしれないから。 師が聞いたら、地上の平和のために戦う聖闘士が戦いが起こるのを願ってどうすると叱責されそうだが、そんなことは胸の内で思っているだけで口にしなければいいだけのことだ。 瞬のことも――。 俺が聖域に行く第一の目的が、初恋の人を ものにするためだと知ったら、師は泡を吹いて ぶっ倒れるだろう。 無論、師匠思いの優しい俺は、そんなことは師の前では絶対に口にしないが。 綺麗で強くて可愛くて優しい、俺の瞬。 10年前、瞬は中途半端な大人だった。 おそらく15、6歳。 今頃は ちゃんとした大人になっているだろう。 25、6か。 俺が今、18。 全く問題ない。 瞬は、俺の求愛を子供の冗談だと思っていたとか何とか言って 逃げようとするだろうが、そんな大人の言い逃れが俺に通じると思ったら 大間違いだ。 瞬に何と言われても、俺が聖闘士になれたら俺と結婚すると約束してくれたと言い張って、あの約束を心の支えにして俺は聖闘士になったんだと言い張って、約束の履行を迫ってやる。 実際 俺は、瞬を俺のものにするという執念に支えられて、この10年を生き延びてきたんだから。 瞬は 優しい人だった。 俺の健気な求愛を 無下に拒むことはできないだろう。 他に恋人がいたとしても、そんな奴はぶちのめしてやる。 そのために俺は強くなったんだから。 アテナの聖闘士は、地上の平和を守るため、愛のために命をかけて戦う者だ。 俺ほど その理念通りに生きている聖闘士もいないだろう。 確か そんなことを考えながら、かなり興奮して 俺は眠りに就いた――はずだったんだが、なぜ 俺は また ここに来てしまったんだ? 俺が聖闘士になった褒美に、一足早く 俺を ここで瞬に会わせてやろうなんて粋な計らいを アテナがしてくれたんだろうか? ――という俺の期待は、残念ながら外れたようだった。 俺の前に現れたのは、大人になった瞬じゃなく、見知らぬガキ。 その上、べそべそ泣いていやがる。 何なんだ、いったい。 泣いている子供なんてのは、俺が最も相手にしたくない人種だ。 しかも体格から察するに、そのガキの歳は5、6歳。 いちばん厄介な年頃じゃないか。 分別はないくせに 自我だけは発達していて、論理はないくせに 口だけは達者で、赤ん坊と違って動き回る上に、半端に力と運動能力はあって、その力を抑える術を知らない。 ガキの頃の俺が そうだった。 しかも、そのガキが泣いているんだ。 そんなガキの相手をするくらいなら、巨大なセイウチを100頭 仕留めてこいと言われる方が よっぽどましというもんだ。 |