昔、ある国に ニートの王子様がいました。 幼い頃に 王様である父君を亡くし 王位を継いでいたので、本当は王子様ではなく王様なのですけれど、その国では 正式に お妃様を迎えるまで、王子様は『王様』と呼ばれないことになっていましたので、その慣例に従い、ここでは王子様と呼ぶことにします。 要するに、ニート王子は 王様と呼ばれるには若すぎて、少々 貫禄不足だったのです。 さて。 ニートというのは、皆さんも ご存じの通り、学校に行っておらず、仕事もしていない人のことです。 年齢的に就学も勤労もできない幼児と老人、それから病人や障害者は除いて いいでしょう。 その王子様は 若くて 頑健な身体を持ち、もちろん健康で 知能にも問題はないのに、勉強もせず、働くこともせず、毎日ぐうたら暮らしていました。 『王子様なら お金持ちなのだから働く必要はないんじゃないの?』と思う方もいるかもしれませんが、それは大きな間違いです。 もちろん 王子様は お金持ちで、額に汗して働かなくても、大きくて立派な お城に住み、綺麗な洋服を着て、毎日 ご飯も食べられますよ。 ですが、それは、国民が納める税金のおかげ。 王子様や 王様、お姫様というのは、国民に雇われた公僕なのです。 王子様といえど――いいえ、王子様だからこそ、王子様は働かなければなりません。 国民が王子様を王子様として雇うのをやめることにして 革命を起こしたりしたら、王子様は路頭に迷うことになります。 そうなっても、王子様は国民に文句は言えません。 だって、国民は王子様の雇い主なんですから。 ぐうたらしていた王子様が悪いんです。 ですから、王子様というのは、本来は とても忙しいものなのです。 政治、経済、文化、外交、軍事、ありとあらゆる分野の国の方針を決めて、決めたことを実行し、家臣の賞罰も行なわなければなりませんし、場合によっては裁判官にだってならなければなりません。 様々な公式行事に出席して、国民に恰好いいところを見せることも、大事な仕事。 その上、素晴らしい お妃様を見付けるために舞踏会を開いたり、冒険に出たり、国中の女の子の憧れの的になったりもしなければなりません。 王子様には、ぐうたらしている暇なんて、これっぽっちもないんです。 ですが、その王子様は、最愛の お母様を病で亡くしてから、すっかり やる気をなくして、お城の中から一歩も外に出ない、いわゆる引きこもりになってしまったのです。 お母様が 存命だった頃は、ニート王子は、美貌にも恵まれ、武芸の才能もあり、もちろん、王様になるための お勉強だって、とてもとても熱心でした。 すべては最愛のお母様に褒めてもらいたいから。 ニート王子は、心得違いをしていたと言っていいでしょう。 王子様は 国民に褒めてもらうために頑張らなければならないのに、お母様に褒めてもらうために頑張っていたのですから。 ニート王子の お母様が生きていた頃は、それでも うまくいっていました。 国民に褒めてもらえるような王子様を、お母様は褒めてくれていましたから。 『あなたが国民に愛され、国民に誇りに思われる王子でいることが、マーマの望みなのよ。国の民が 氷河を 立派な王子様だって褒めてくれるのを聞くと、マーマは とっても嬉しい気持ちになるの。氷河はマーマの誇りよ』 と言って。 ちなみに『氷河』というのは、ニート王子の本当の名前です。 そんなふうに優しくて美しかった お母様を、氷河王子は失ってしまったのです。 王子様の仕事に精を出す気になんて、なれるわけがありません。 仕事をするのに最も重要なモチベーションが保てません。 お母様が褒めてくれるのでなければ、国民に どれだけ褒めてもらえても 意味がなかったのです、氷河王子には。 だいいち、『国民』って誰なんでしょう。 その ほとんどが会ったことのない他人。 お母様ほど美しいわけでも、お母様ほど優しいわけでもない、他人の集合体。 つまり、ニートの氷河王子には、国民というものは何の価値も意味もない存在だったのです。 国中にたくさんいる蟻や羽虫と大差ないもの。 たとえば、小さな小さな蟻に『あなたは、とても力持ちですね』と褒められて喜ぶ人間はいません。 たとえ 褒められても、蟻ごときに馬鹿にされたとしか思わないでしょう。 氷河王子も そうだったのです。 お母様を失った氷河王子の勤労意欲は いちじるしく減退。 氷河王子は、王子様として働くのが すっかり嫌になってしまったのです。 そんな王子様の下で国政に携わっている家臣たちは、頭を抱えて大弱り。 それは そうでしょう。 王子様に がんがん働いてもらわないと、王子様を働かせることのできない彼等が、自分たちの仕事をしていないということになって、国民からリコールされてしまいますからね。 氷河王子には できるだけ早くニート王子を脱却し、勤労王子になってもらわなければなりません。 氷河王子がニート王子でいて許されるのは、せいぜい半年が限度と、彼等は思っていました。 氷河王子が 愛する お母様の死の衝撃から立ち直れずにいても 国民が同情してくれているのは それくらいが限度だろうと、彼等は踏んでいたのです。 けれど、そのタイムリミットが過ぎても、氷河王子は一向に勤労王子に戻る気配を見せてくれません。 一刻も早く この状況を打破しなければと、彼等は大変 焦っていました。 幸い、氷河王子の家臣たちは、氷河王子に勤労意欲を取り戻させるには どうしたらいいのかを知っていました。 氷河王子は、愛する人のためになら 何だってする王子様。 愛する人の微笑み一つのためになら、どんな艱難辛苦も乗り越え、地道な努力も厭わない王子様。 それが氷河王子だったのです。 その 愛する人を失って ぐうたらしている氷河王子を絶ち直らせる方法は、ただ一つ。 愛するお母様に代わる愛する人を、氷河王子が手に入れればいいのです。 つまり、氷河王子に恋をさせれば。 そうすれば、氷河王子は恋する人を喜ばせるために、元の勤勉な勤労王子に戻ってくれるはず。 ええ、氷河王子の家臣たちは、ぐうたらニート王子を更生させる方法はわかっていたのです。 その方法だけは。 問題は、その方法を実行に移すのに必要な人材確保ができていないということ。 氷河王子は 美しい お母様が大好きで、王子自身も大層 美しい王子様でしたから、氷河王子の恋を実現させるには、当然 目が覚めるほど美しい お姫様が必要でしょう。 いいえ、氷河王子がやる気になってくれるのなら、この際 平民の娘でも構いません。 亡くなった お母様が氷河王子の理想のタイプでしょうから、氷河王子の恋の相手は、当然 お母様に似た 長い金髪と青い瞳を持つ心優しい美少女ということになるでしょう。 家臣たちは、そういった美少女を探しまわり、それなりの美少女を見付けてきては、彼女等を さりげなく 小間使いとして氷河王子の許に送り込みました。 なのに。 家臣たちの作戦は、ことごとく失敗。 彼等が氷河王子の許に送り込んだのは いずれ劣らぬ美少女ばかりだったのに、氷河王子は、その目までがニートになって勤労意欲を失ってしまっていたのでしょうか。 氷河王子は、目の前にいる美少女たちに一顧だにせず、お母様の思い出に浸って ぼうっとしているばかり。 家臣たちの焦りは 日を追うごとに募り、深刻なものになっていったのです。 王子様が こんなでは、いずれ国民の不満が爆発し、革命だって起こりかねない。この王室は もう駄目なのかもしれない――と。 |