そうして、瞬は、ニート王子のお城に伺候し、氷河王子の ぐうたらニート病の治療に当たることになりました。 氷河王子の ぐうたらニート病は、精神的心理的なもので、氷河王子の身体は健康そのもの。 だからこそ、ぐうたらニート病は厄介な病気なのですが、だからこそ、ぐうたらニート病は有効な薬を投与しさえすれば 極めて治癒の容易な病気でした。 氷河の家臣たちが見付け出した薬は、効果覿面。 瞬という薬 兼 医者 兼 モチベーションの種の効果は 抜群でした。 家臣たちの氷河王子更生計画は、計画通り――いいえ、計画以上の成果を収めてくれたのです。 瞬との再会が叶った氷河王子は、家臣たちが思っていた通り、美少女が美少年でも 全く動じませんでした。 瞬は、綺麗だということ以外、氷河王子の お母様に似たところは 全くなかったのですけれど、氷河王子を やる気にさせる能力は、氷河王子の お母様に勝るとも劣らぬものを持っていて、極めて 自然に、迅速に、効率的かつ効果的に、氷河王子に 王子としての務めを遂行させることができたのです。 もしかしたら 氷河王子は、お母様が理想のタイプというわけではなく、単に とんでもない面食いなだけだったのかもしれません。 「王子様って大変な お仕事なんでしょう? いつも国民のことを考えて、いろんな方面に気を配って、国民すべての幸福実現のために努めているなんて、僕、王子様のこと、心から尊敬します」 優しく素直な声で 瞬に そう言われ、尊敬の眼差しで見詰められてしまったら、氷河王子は、『実は 今の俺は、“王子”とは肩書きだけ、仕事なんて何ひとつしていないニートなんだ』なんて、本当のことを言うことはできなかったのです。 「王子様が ご立派だと、僕もこの国の民の一人として、本当に誇らしい。王子様の尽力に報いるため、微力ながら、僕も精一杯 王子様のお手伝いをしたいと思います」 瞬は、氷河王子の勤勉と有能を信じ切って、氷河王子を うっとりと見詰め、見上げました。 氷河王子の家臣たちは、『氷河王子は 重い ぐうたらニート病に罹っているんだ』と言っていましたが、瞬には そんなことは信じられなかったのです。 国を治める王子として生まれ、体格も優れ、健康で、王子としての務めを果たすのに どんな支障も持っていない王子様が ぐうたらしていることがあるなんて。 実際 氷河王子は、(愛する人に褒めてもらうためになら)、どんな苦労も努力も厭わない 極めて勤勉な王子様でした。 ですから、氷河王子は、瞬と再会成った 翌日から早速、瞬の信頼と期待に応えるために、張り切って王子様としての務めの遂行に取り組み始めたのです。 山積みになっていた未決裁の書類を読んで 国璽を押すなんていう、重要な割りに地味な仕事も嫌がらず、各種陳情書にも くまなく目を通し、以前は面倒臭がっていた種々の行事や式典への出席にだって文句も言わずに出席しました。 他国からの外交使節の歓迎会とか、建国記念の記念式典とか、色々な施設の落成式――そういうイベントに顔を出すことを、氷河王子は 以前は無意味なことと決めつけ、大嫌いだったのですが、そういう仕事も 喜んで こなすようになったのです。 なにしろ、その手の行事に出席することは、瞬に視覚的に“カッコいい王子様”を印象付けるのに最適な仕事でしたから。 氷河王子は、様々な会議でも、鋭い指摘をしたり、建設的な意見を言ったりして、抜かりなく“有能な王子様”振りを(瞬に)アピールしました。 瞬と共に 国内のあちこちを巡って 国民の暮らしぶりを視察し、民に困っていることがあれば、その改善に努め、“慈悲深い王子様”であることも しっかり誇示しました。 当然 氷河王子の評判は うなぎ上り。 国中に蔓延していた『氷河王子は やる気のない ぐうたら王子なのじゃないか』という噂は、あっという間に 鳴りをひそめてしまいました。 もともと 氷河王子は 為政者になるための教育を受けていましたし、知識だけでなく、行政に関してのセンスも 優れていたのです。 氷河王子に欠けていたのはモチベーション、目的意識。 氷河王子の努力と その成果を褒めてくれる人、そして、褒めてもらえると嬉しいと感じることのできる人でした。 氷河王子の その人は、今、氷河王子の傍らにいるのです。 氷河王子が張り切らないはずがありませんでした。 有能で精力的で勤勉な氷河王子。 時に切れ者すぎる氷河王子に、氷河王子の家臣たちは、氷河王子がニート王子だった頃とはまた別の悲鳴をあげることになりましたが、でも、それは もちろん、嬉しい悲鳴。 氷河王子が 王子としての仕事を てきぱきと片付けるほどに、国民の満足度は上がり、王家転覆を目指す革命勃発の可能性は遠のきます。 それは、氷河王子の家臣たちの地位の安泰を約束するものでした。 氷河王子の家臣たちが、瞬という効果抜群の特効薬に 心から感謝したことは言うまでもありません。 彼等に『すべては 瞬さんのおかげです』と滝のような涙を流して礼を言われても、特別の治療をしたわけではなく、ただ 氷河王子の横で 氷河王子の仕事振りを見ていただけだった瞬には、彼等の ものすごい感謝の訳が よくわからなかったのですけれどね。 ともあれ、そんなふうに すべては順調。 氷河王子(の国と 氷河王子の家臣たち)の未来は前途洋々、まさに順風満帆だったのです。 |