けれど。 実は、恋が仕事のモチベーションで あり得るのは、恋の ごく初期のうちだけなのです。 それは氷河王子に限ったことではなく、世界中の恋人たちに適用される法則です。 もちろん、“仕事を ばりばりこなす有能かつカッコいい男である”というアピールは、好きな人の心を射止める際には 大変有効な手段なんですよ。 その姿に魅了され、夢中になる女の人は世の中に五万といます。 でも、それで めでたく恋が成立した後はどうでしょう? 恋人が 毎日ばりばり仕事をして、デートの時間もとれなかったら。 “仕事を ばりばりこなす有能かつカッコいい男”に うっとりしていた彼女は、“仕事をばりばりこなす有能かつカッコいい彼氏”に 不満を持つようになるのです。 人によっては、『私と仕事のどっちが大事なのっ』なんて わめき出す人すらいます。 それは、ごくごく ありふれたこと、ごくごく一般的なことなのです。 氷河王子の恋が あまり一般的でなかったのは、仕事を ばりばりこなす有能かつカッコいい氷河王子に不満を持ったのが、瞬ではなく 氷河王子の方だったことでした。 ばりばり仕事をこなして 瞬に褒めてもらい、それが嬉しくて、もっと ばりばり仕事をこなしていた氷河王子は、ある日、瞬に、 「俺は おまえが好きだ」 と告白しました。 「おまえに褒めてもらえるなら、俺は いくらでも頑張れる」 と。 氷河王子が勤勉で有能で 民に優しいことも知っていた瞬は、氷河王子の告白を とても嬉しく思い、 「僕も氷河が大好きです」 と答えました。 めでたくカップル成立です。 瞬の心を手に入れることができた氷河王子は、なのに、なんということ! 氷河王子は、瞬と ちゃんとした恋人同士になれた その瞬間から、ばりばり仕事をこなすのが嫌になってしまったのです。 それはそうでしょう。 大好きな人に『大好き』と告げ、大好きな人から『大好き』という答えを返してもらえたのです。 そうなったら 誰だって、ばりばり仕事をこなすことより、少しでも多くの時間を恋人のために割きたくなるもの。 1秒でも長く――いいえ、一瞬だって離れずに 一緒にいて、その髪を撫でたり、キスをしたり、着衣で抱きしめ合ったり、着衣しないで抱きしめ合ったりしたくなるもの。 それは、恋をしている人間の性というものです。 けれど、ぐうたらニート王子ならともかく、仕事を ばりばりこなす有能でカッコいい王子様には、それは無理。 とはいえ、仕事を ばりばりこなす有能でカッコいい王子様でいることをやめたら、瞬は そんな氷河王子に幻滅してしまうかもしれません。 ばりばり仕事をこなす有能でカッコいい氷河王子は、ぐうたらニート王子に戻ることは許されないのです。 ニートにはニートの つらさや不都合があり、フルタイム労働者にはフルタイム労働者の つらさや不都合があるのですね。 氷河王子と瞬の恋の問題点は、それだけではありませんでした。 もともと 氷河王子の ぐうたらニート病を治すために お城にあがった瞬は、氷河王子を大好きになっていましたから、お城を出て 以前の生活に戻りたいと言い出すことはしませんでしたけれど、以前のように診療所に通って働きたいとは言い出したのです。 誰かの役に立つことが、人が生きて存在する理由で、生きる目的だから――と言って。 氷河王子は、瞬にそんなことをされては たまりませんでした。 氷河王子は、1秒でも長く瞬と一緒にいて、1ミリでも瞬の近くにいたかったのです。 なのに 瞬が診療所勤めを始めたら、氷河王子は一日の半分くらいは 瞬と一緒にいられなくなります。 だからといって 瞬の望みを断固拒絶することもできず――結局、氷河王子は、瞬の勤めていた診療所を お城の庭の一角に移転することにしたのです。 そして、診療費が払えない貧しい人の診療費や薬代は国庫から補助を出すことにしました。 人の役に立てれば、その場所はどこでもよかった瞬は、氷河王子の計らいに大喜び。 もともと、そういう施設の必要性を感じていたところでしたので、氷河王子にも それは まさに一石二鳥。 氷河王子は、これでフルタイム労働者の恋人同士に よくある“多忙による すれ違い”を免れることができたと考えて、心を安んじたのでした。 |