この小さな村で、星矢が村人たちの誰かに『氷河を知らないか』と尋ねれば、氷河の居所はすぐに知れてしまうだろう。 瞬の懸念は、だが 現実のものとはならなかったのである。 村人たちは、氷河を、苛酷な領主が治める村からの逃亡民と思っていたし、この小さな村では、氷河が捕えて 村人たちに提供する獣肉等は貴重な食料だった。 その上、質のいい真珠で 幾度も村の窮地を救ってきた瞬が、氷河と暮らすようになって明るさを取り戻したことを知っていた村人たちは、瞬と村のために、氷河を探しに来たよそ者に『氷河なんて男は知らない』と、口を揃えて とぼけてくれたのである。 そのせいで 星矢は、この小さな村で 10日が過ぎても目的の人物に辿り着けないままだった。 もしかしたら自分は氷河を失わずに済むかもしれない――瞬の中にあった不安が 希望に変わり始めた頃、しかし、思いがけないところから 氷河を匿うための幕に ほころびが生じてきた。 思いがけないところ――それは、瞬と村の人々によって隠されている氷河当人。 氷河が 瞬の振舞いを疑い始めたのだ。 「おまえが漁師小屋に、よそ者の男を匿っているという話を聞いたんだが」 「え」 「さっさと村から追い出せばいいのに、毎日 気が気でないだろうと言われた」 「……」 瞬は、星矢に嘘をついてくれと、村人たちに頼んでいたわけではなかった。 村人同士も特に約束して口裏を合わせていたわけではなく、氷河を匿う彼等の嘘は、瞬のため、村のために自然発生的に生じた嘘だった。 その上 瞬は、氷河が 村に迷惑をかけることを避けるために 自分から名乗り出ていくことを恐れて、星矢のことを氷河に知らせていなかった。 だから――氷河が何も知らされていないことを知らない村人の一人が、おそらく軽い気持ちで 氷河に そんなことを言ってしまったに違いない。 そして、氷河は、その言葉を とんでもない方向に誤解した。 否、氷河は誤解したわけでも 瞬を疑っていたわけでもなかったのだろう。 瞬が、 「知らない」 と答えるのを聞いて、氷河は 初めて その胸中に疑念を生んだのだ。 「おまえは嘘をつくのがへただ。その よそ者というのは何者だ」 瞬が自分に隠し事をすることがあるなどとは考えたこともなかったらしい氷河の声が、瞬の その答えを聞いて、険しいものに変わる。 瞬は、だが、 「知らない」 と、同じ言葉を繰り返すことしかできなかった。 「瞬。そいつは、俺に嘘をついてまで隠さなければならないような相手なのか」 眉を吊り上げて、氷河が瞬を睨んでくる。 それでも、瞬は何も言えなかった。 氷河に 星矢のことを知らせるわけにはいかない。 氷河を 星矢に会わせるわけにはいかない。 力を持つ者が 自分たち二人だけではないことを知ったら、氷河は この村に――瞬の許に――留まる意味と意義を失い、星矢と共に どこかに行ってしまうかもしれない。 瞬は、絶対に、氷河を星矢に会わせるわけにはいかなかった。 「おまえが本当のことを言わないのなら、俺が直接 その男に聞きに行く」 あくまで事実を隠し通そうとする瞬の態度に業を煮やしたらしい氷河が、自分の足で 星矢の許に向かおうとする。 「いやだっ! 氷河、行かないで!」 無論、瞬は氷河を引き止めようとしたのである。 が、瞬に隠し事をされて激昂している氷河の耳に、瞬の哀願の声は届かなかった。 |