「瞬? 昼飯には、ちょっと早すぎるんじゃねーか? 俺、さっき、海で でっかい海老を捕まえてさー」
いきり立って乱暴に 浜の漁師小屋の戸を開けた氷河を出迎えたのは、彼の知らない一人の少年、そして、その少年の顔と同じほどの大きさをした一匹の海老だった。
開け放たれた木の開き戸の前に仁王立ちしている男が 瞬ではないことに気付いた星矢が、氷河の鬼のような形相に ぽかんとして、
「こいつ、食っても大丈夫かどうか、瞬に訊きたかったんだけど……」
と、およそ どうでもいいことを、まるで緊張感のない声で 呟く。
「おまえ、誰」
星矢の誰何(すいか)に、
「貴様こそ何者だ! 俺の瞬と どういう――」
氷河も誰何で答えようとする。
だが、それは、
「氷河、逃げて!」
という瞬の叫びに遮られた。

怒りに支配されている氷河は、あの力を使おうとしていた。
氷河の力に気付いた星矢が、やはり同じように、彼の力を働かせようとしている。
どう考えても、これ以上 星矢の目から氷河を隠し通すことは不可能だった。
「氷河、逃げてっ」
なぜ そう叫んでしまったのか。
それは、叫んだ瞬自身にも理解できていなかった。
星矢が氷河の敵でないことは、瞬にはもうわかっていた。
だが それでも瞬は そう叫ばずにはいられなかったのだ。
もしかしたら、それこそが瞬自身の望みだったから――なのかもしれない。
それは、星矢と共に行くことを 氷河に拒んでほしいと願う瞬の心が、瞬に叫ばせた言葉だったのかもしれない。

しかし、氷河は 瞬の懇願を受け入れなかった――氷河は その場から逃げなかった。
状況把握ができていなかったせいなのか、あるいは、星矢が自分と同じ力を持つ仲間だと認めたせいなのか。
ともかく、氷河は その場を動かなかった。
星矢が、瞬の悲鳴を聞いて、瞳を輝かせる。
「おまえが氷河か!」
仲間を見付けた星矢は 嬉しそうだった。
嬉しそうに破顔した。
「俺、おまえを探してたんだ!」
星矢の明るい笑顔が、瞬の瞳に涙を運んでくる。

「違う、違う、違う。氷河じゃない! 氷河は、僕だけの氷河なの。連れて行かないで!」
瞳から涙を迸らせ、瞬は氷河に すがった。
最悪の場合、ここで間男と対面することになるだろうと思っていた氷河は、いったい何がどうなっているのか 皆目 理解できず、瞬に抱きつかれたまま、その場で棒立ち。
星矢は、瞬の大量の涙に出会い、きまりが悪そうに眉をひそめることになった。
「いや、だから、俺は人さらいじゃないし、どうせ さらうなら、こんな ふてぶてしいツラの男より、おまえの方が……えええええっ !? 」
さして広くない漁師小屋の中で、なぜか、いつのまにか、暴風が吹き荒れ始めている。
星矢は、慌てふためいて 奇声をあげた。
星矢が手にしていた海老が宙に巻き上げられ、星矢自身も 海老と同じことになろうとしていた。

「こ……これは瞬の力かっ !? 氷河だけじゃないのかよ !? そんな話、俺は聞いてな――」
星矢の大声が途切れたのは、瞬の作った暴風が 星矢の呼吸を妨げたから。
「お願い、氷河を連れていかないで!」
「これは 人にものを頼む時の態度じゃねー……ぐっ」
星矢は窒息寸前。
その段になって 氷河は やっと我にかえり、慌て出した。
「瞬! 瞬、落ち着け! 俺はずっと おまえの側にいる!」
この海老男が瞬の浮気相手でないのなら、恨む理由も 憎む理由もない。
氷河は、瞬を抱きしめることで 瞬の気持ちを落ち着かせようとし、氷河が繰り返し告げた『俺はずっと おまえの側にいる』の言葉で、瞬の混乱――むしろ錯乱――は、徐々に鎮まることになったのである。
氷河が我にかえって瞬を止めるのが もう数秒遅かったら、星矢は、彼が捕まえた海老同様、四肢切断の悲劇に 見舞われていたかもしれなかった。






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