氷河。 あなたったら、なんて顔をしているの。 まるで、自分が死んでしまうような顔。 世界中のすべての悲しみと苦しみを 我が身ひとつに引き受けているような。 自分の友だちは不幸と孤独しかいないような。 そんなに恐がることはないのよ。 だって、あなたは これから、希望の光に満ちた自分の生を生き続けて、立派な大人になって、誰よりも幸せになるのだから。 この世界で いちばん幸福な人間になるのだから。 いやだ。 そんなこと 信じられないっていう顔。 でも、本当のことなんだから、あなたは信じるしかないのよ。 そうでなかったら、私が大事な あなたを一人ぽっちにするはずがないでしょう。 あなたは必ず幸せになる。 その確信がなかったら、私が あなたを一人にするはずがない。 もし、これから氷河が つらい目にだけ会って、悲しい思いだけをして、不幸になるだけなら、私は決して あなたを一人にしない。 もし そうなら、私は あなたを連れていく。 たとえ この身が引き裂かれようと、たとえ 神の怒りによって地獄に落とされることになろうと、この腕で しっかりと あなたを抱きしめ、あなたを苦しめ悲しませる すべてのものから、あなたを守り抜く。 私がそうしないのはね。 氷河、あなたが これから とても幸せな人間になることがわかっているからなのよ。 あなたは幸せになる。 だから、氷河。笑ってちょうだい。 そんな 悲しそうな顔をしないで。 そんな つらそうな目をしないで。 お願い。私に笑顔を見せて。 私が あなたと共に在る、これが最後の時なのだから。 氷河……本当に困った子。 どうして あなたは そんなに疑り深いの。 どうして 自分は絶対に幸せになれないと決めつけるの。 どうして、私の言葉を信じないの。 これまで 私が あなたに嘘をついたことがあったかしら。 そうね。 じゃあ、いいことを教えてあげる。 氷河が必ず幸せになれる証拠があればいいんでしょう? そうすれば、あなたは 私の言葉を信じてくれるわね? 氷河は必ず幸せになれると 私が言うのは、氷河の人生がどんなものになるのかを、私が知っているからよ。 氷河が これから どれほどの愛に包まれ、どれほど輝かしい時を過ごし、気も狂わんほどの幸福の中に身を置くことになるか。 私には すべてが わかっている――知っているの。 ふふふ。 氷河ったら、変な顔。. そういうの、日本語で何て言うか、知ってる? 『口を“へ”の字にする』って言うの。 教えてあげたでしょう? あいうえお、かきくけこ。 はひふへほの“へ”の字。 氷河が まだ、私の言葉を疑っている証拠。 なら、とっておきの秘密を教えてあげるわ。 氷河が これから どんな幸福に出会うか、それを教えてあげる。 氷河はね、もうすぐ恋をするの。 初恋――氷河は、これから とても可愛い恋をするのよ。 相手はどんな人かって? それは もちろん、とっても可愛らしい人よ。 名前? それは教えてあげられないわ。 恋した人の名前を 恋した人に教えてもらう、その素敵な瞬間の ときめきを、私が氷河から奪ってしまうわけにはいかないもの。 名前が わからないと、その人を見付けられない? そんなこと、あるはずないでしょう。 会えば すぐにわかるわ。 氷河が恋する人は、他の誰とも違う。 氷河には、その人が輝いて見えるのだから。 美しくて、優しくて、可愛らしく、清らかな初恋。 氷河は まもなく、その人に出会い、恋をして、それから、氷河は 大人になってから もう一度、その人に 大人の恋をするの。 氷河の恋は、ちょっと特別な恋よ。 氷河の恋は ありふれた恋じゃない。 何もかもが特別な恋。 だって、氷河が恋する人は 世界で ただ一人の――世界で最も特別な人間だから。 ええ。そう。 あなたが恋する人は、あなたが恋する人だから、とても美しい心と姿を持った人よ。 氷河、ちゃんと覚悟を決めて、誠実に――心の底から誠実に、その人に恋をしなさいね。 その人に出会って 恋をしてしまったら、あなたは もう二度と恋はできない。 別の人とは恋ができない。 その人が、あまりに特別すぎるから、 あなたが恋する人は、世界でいちばん綺麗で、優しくて、強くて、清らかな人。 その人に出会えただけでも 素晴らしい幸運、奇跡のような幸運なのに、氷河は その人に恋までするんだから、氷河の恋が どれほど素晴らしいものなのか わかるでしょう。 え? わからない? 氷河ったら、意外に ねんねだったのね。 それは困ったわ。 でも、それはそうね。 氷河は まだ、その人に出会っていないんだから。 出会えば わかるわ。 その時、氷河は、自分が生きていることを心から喜び、自分が生まれてきたことに心から感謝する。 その人に出会えた幸運が嬉しくて、世界中の ありとあらゆることに、氷河は感謝するの。 そしてね。 その人に出会ってからは、氷河の すべての喜びは、その人が存在することによって、もたらされることになるわ。 氷河のすべての幸福は、その人によって もたらされるようになる。 悲しみや つらさも――ありとあらゆる すべてのことが。 花が美しいのは、その人がいるから。 空が美しいのも、その人がいるから。 氷河が 楽しいのも、氷河が 嬉しいのも、その人がいてくれるから。 つらいことも、その人の つらさゆえ。 悲しいことも 切ないことも、その人が美しいから。その人が優しいから。 でも、その つらさも 悲しさも 切なさも、氷河には 幸福に感じられるの。 だって、氷河が恋する人は、氷河の幸福の源なんですもの。 その人の、どこが どんなふうに特別なのかって? それは会ってからのお楽しみ。 その人に愛してもらえるか? 私にわかるのは、あなたのことだけだから、それはわからないわ。 その人の心の中までは、私にもわからないの。 そんなに がっかりしないで。 その人に恋したことで、氷河が とても幸福になれることだけは、私には わかるから。 氷河が その人に愛してもらえるかどうか、その可能性は五分と五分。 でも、氷河は とても美しい姿を持っているわ。 そして、とても美しく優しい心も持っている。 心掛け次第で、その心の美しさを、いつまでも美しいまま 保つこともできる。 その人に愛してもらえる可能性は大きいわ。 それは誰だって同じ? まあ、氷河ったら、賢いこと。 それは その通りよ。 美しい心を持っていれば、氷河以外の人でも、その人に愛されることはできるでしょう。 大部分の人間は汚れる? 氷河ったら、どうして そんな悲しいことを言うの。 そんな詰まらないことは考えちゃ駄目よ。 確かに、大部分の人間の心は、つらい目に会ったり、挫折を経験すると、美しいまま、清らかなままでいることができなくなる――多かれ少なかれ、歳を重ねるに従って汚れを知る。 でも、あなたまでが そうなる必要はないのだから。 汚れることと 大人になることは 違うことなのだから。 氷河が恋する人も、どんなに つらい目に会っても、どんな不幸や不運に見舞われても、その心の美しさを保ち続ける。 その人に ふさわしい人間でいるように、あなたも自分の心の美しさを守り、育てなさい。 あなたが恋することになる人は、“大部分の人間”ではないのだから。 |