そんな ある日。
俺と瞬は ろくでもない面倒事に巻き込まれてしまった。
その日、俺と瞬が出掛けていったのは、ニコライなんとかという名の北欧出身のフラワーアーティストの作品展示会。
アンドロメダ島には ほとんど花が咲いていなかったとかで、瞬は ことのほか 花が好きなんだ。
アンドロメダ島にいた時は、星の王子様が彼のバラの花を愛でるように、たった一株だけのラケナリアの花を見守り続けた季節もあったと言っていた。

俺はニコライ某の名前も知らなかったが、そいつは その世界では有名人らしい。
展示会は 盛況で、かなりの人出。
展示コーナーはもちろん、グッズ販売コーナーにも人だかりができていた。
瞬がカードが欲しいというんで、瞬を休憩コーナーのベンチに掛けさせ、瞬の代わりに 俺が買いに出たんだ。
人に遠慮してばかりの瞬じゃ、日が暮れても 目的のものを買えそうになかったから。
で、瞬に頼まれたカードを何とか手に入れて、瞬の許に戻ってきたら、見知らぬ一人の男が瞬に話しかけていた。

30前後の、一見したところは普通の会社員で、それらしいスーツを着てはいたが、そいつは、いわゆる反社会的勢力団体の一員だった。
そして、その男は、瞬を薬漬けにして下劣なAVに出演させて云々という不埒千万なことを考えて、瞬の素性を探り出そうとしていた。
俺は、問答無用で その不届き者を殴り倒してやりたい衝動に駆られたんだが、なにしろ場所が場所だ。
そこにいるのは、花を愛する(一応)善男善女ばかり。
だから、俺は、その大馬鹿者に ハンマーロックを極めるにとどめた。

俺は そんなふうに穏便に事を済ませてやろうとしたのに、
「てめぇ、なにしやがる!」
背中に腕を捻りあげられた痛みに顔を歪めながら、その下劣男は 辺りをはばからない大声を響かせ、その上 ご丁寧に頭の中で自己紹介をしてくれた。
(いきがった若造が、生意気な真似しやがって! 俺がI会系N一家 資金獲得部門AVチームリーダーの薬座ヤスシ様だってことを知ったら、このガキ、恐れ入って腰抜かすぞ!)
今時の反社勢力組織は、カタギの会社組織と変わらないんだな。
資金獲得部門AVチームリーダーときた。

「I会系 N一家 資金獲得部門AVチームリーダーの薬座ヤスシ様か。それは おみそれしました――と言いたいところだが、いいのか。暴力団対策法では、暴力団組長の使用者責任が規定されているはず。貴様がここで騒ぎを起こすと、逮捕されるのは貴様だけじゃ済まないぞ」
名乗った覚えのない名前を出されて、薬座氏は ぎくりと身体を強張らせ、ぴくぴくと こめかみを引きつらせた。
暴力団員を脅すなんて品のないことはしたくなかったんだが、大人しく引きがってもらうには それがいちばんいいと思って、俺はそうした。
俺は、あくまで穏便に済ませるつもりだったんだ。
アテナの聖闘士が警察沙汰なんていう、間抜けな事態は避けたかったから。
薬座氏も、おそらく そうするつもりだったろう。
自分の迂闊のせいで組長が逮捕されるようなことになったら、薬座氏は それこそ 自分の身内全員を 敵にまわすことになりかねない。

薬座氏と俺の思惑が外れたのは、薬座氏が ありがちな捨てゼリフを残して その場から退散する前に、警察官が その場に到着してしまったからだった。
イベント関係者が通報したのか、最初から警官が待機していたのかは知らないが、おかげで俺は、“アテナの聖闘士の警察沙汰”なんて間抜けな事態を現出することになってしまったんだ。
無論、こっちは(まだ何もされていなかったが)完全な被害者だし、(名目上は)善良な市民。
薬座氏は 正真正銘、社会に害を及ぼす反社組織の一員で(警察の反社会的勢力データベースにも登録されていたらしい)、警察は、反社勢力の構成員を一人でも多く逮捕したくて仕方がない状況。
その上、俺が身元保証人として警察に告げたのは、世界に冠たるグラード財団総帥の名前。
何より、瞬の清純極まりない風情がものを言って、俺たちは簡単な事情聴取を受けただけで、警察からは早々に解放された。
警察からは解放されたんだが。

俺は、警察の事情聴取を終えて帰宅した城戸邸で、今度は仲間たちの事情聴取を受けなければならなくなってしまったんだ。
当然だろう。
薬座氏は 瞬にそれらしいことを(まだ)何も言っていなかったのに、俺は薬座氏の悪巧みを知っていた。
薬座氏が名乗ってもいない名前を、俺は知っていた。
瞬が俺の言動を奇異に思わないはずがない。






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