――とまあ、そんな具合いに、俺は修道院の至聖所にあるものを確かめてまわり、アトス自治修道士共和国潜入22日後には、国内にある22の修道院のうち、21の修道院の至聖所の検分を終えていた。 普通なら ここで、『残るは あと1つ』と喜ぶところなんだが、俺は逆に、最後の修道院でも何も見付けられなかったらどうしようかと、ひどい不安に かられることになったんだ。 それというのも、最後に残った修道院が、ハーデスが自分の大切なものを隠す場所として選ぶような建物には見えなかったから。 それは、長さ約45キロ、幅が約5キロのアトス自治修道士共和国の 北端――つまり、最も内陸側にある修道院だった。 他の いかつくて威圧的で重苦しい城砦のような建物に比べれば、はるかに小規模で古い。 おそらく、この秘境に修道士たちが集まり始めた頃、真に清貧を求める者たちが建てた修道院なんだろう。 他の修道院と違って、装飾めいたものがなく――柱に派手な細工がされているわけでも、扉にレリーフが施されているわけでも、マリアやイエスや使徒たちの大理石像が あちこちに何体も立っているわけでもなく――まさに、清貧を求める者たちの“家”という印象の素朴な建物。 それは、何百年にも渡り、何代もの修道士たちが、丁寧な修繕を重ねて使ってきたのだろうことが 容易に察せられる、年季がかった建物だった。 この国で最も古く、最も小さく、最も ボロい(失礼)修道院。 考えようによっては、大切な宝を隠すには もってこいの建物なんだが、その建物が冥府の王の好みに合致したものだとは、俺には どうしても思うことができなかった。 俺は その修道院に忍び込む日の日中、現地まで下調べに行ったんだが、その建物は、国の北端――すぐ背後は、ギリシャ本土と この国を卓絶する峻厳な山だ――にあるっていうのに、そして、この国で いちばん古い建物だっていうのに、妙に明るかったんだ。 他の修道院を包み 覆っている、あの暗く重く鬱屈した空気と印象が全くない。 灰色の冬の国、黄土色の秋の国に、そこだけ明るく暖かな春の野が ちょこんと座っているような、可愛らしい風情。 実際、その修道院の周囲には、他の修道院と違って 野草が幾百幾千もの小さな花を咲かせていた。 絶対にハーデスの好みじゃない。 冥府の王が、こんなカワイイ系のものを好むはずがない。 もし こんなものがハーデスの好みだったら、俺は 迷うことなく、これまでとは全く違う意味で、ハーデスを“危ない男”認定する。 だから――だから、俺は不安になったんだ。 もし 今夜、この修道院に忍び込み、その至聖所で何も見付けることができなかったら、俺は どうすればいいんだ――と。 手ぶらで帰って、『何も見付けられませんでした』と、アテナに報告するのか? その報告を受けたアテナは、大いに喜んで、俺を無能扱いしてくれるだろう。 だから――俺は その夜、この国の どの修道士より重く鬱々とした心を抱えて、その修道院に忍び込んだんだ。 |