「ただいま、星矢。ごめんね、遅くなって。星矢が食べたいって言ってたハーゲンドッチの きなこ黒蜜のアイスって、売れすぎで仕入れが滞っているとかで、どこのお店にも置いてなかったんだよ。氷河は、見付けるのは諦めようなんて、アテナの聖闘士にあるまじきこと言うし……。スーパーを3軒とコンビニを9軒まわって、やっと1個だけ見付けてきたんだから」
買い出しに時間がかかった理由を告げながら、瞬が、氷河の冷気に守られたハーゲンドッチの きなこ黒蜜アイスをテーブルの上に置く。
「あ、うん。悪かったな」
そんな瞬の姿を見ている星矢の声は、ひどく不自然――基本的に どんなことにでも明るく楽観的な反応を示す星矢にしては、異様に不自然。
星矢は、氷河と瞬の顔を見ても、紫龍や一輝の顔を見た時のように 興奮し はしゃぐことはしなかった。
そして、それは、今 星矢の目がどういうことになっているのかを知っている紫龍や一輝にとっても、何も知らない氷河や瞬にとっても不自然極まりないことだった。
星矢の抑揚のない声を訝って、瞬が不安そうに 眉根を寄せる。

「星矢が食べたいハーゲンドッチの きなこ黒蜜のアイスって、これじゃなかった? 僕、間違って買ってきちゃった?」
「あ、いや。これだけどさ……」
「よかった」
星矢の返事を聞いて ほっとしたように微笑み、瞬は センターテーブルに他のアイスクリームのカップを並べ始めた。
「兄さんたちは、グリーンティーか ショコラミントか チョコレートブラウニーか キャラメルクラッシュの どれかで我慢してくださいね。星矢お薦めの きなこ黒蜜は1個しか買えなかったんです」
「ああ。俺は特に こだわりは――」
「俺は、そもそもアイスクリームなぞ 食いたかったわけでは――」

紫龍と一輝の答えが空返事なのは、彼等が アイスクリームのフレーバーより 星矢の反応の方を気にしているから。
星矢の身に――もとい、星矢の目に――平生とは違う、何らかの異変が起きていることは明白だった。
そこに食べ物があるというのに、星矢は瞬の顔を見詰めたまま、スプーンを手に取ろうともしないのだ。
それは、平生の彼なら考えられないことだった。
瞬には気取られぬように さりげなく、紫龍と一輝が 星矢の様子を窺い続ける。
星矢が反応らしい反応を示したのは、瞬の買ってきたアイスクリームが それぞれに行き渡ったのを確かめた瞬が、ソファに腰を下ろしてからだった。
「瞬……おまえ……」
おやつを前にした星矢らしからぬ様子を訝って、瞬が再度 不安そうに天馬座の聖闘士の顔を覗き込む。

「どうかした? やっぱり、違う?」
「いや、アイスのことじゃなく、おまえがさ……おまえ、なんで、こんなに可愛いんだ?」
星矢が真剣な顔で、瞬に尋ねる。
その言葉に、瞬より早く反応したのは某白鳥座の聖闘士で、彼は、自分以外の男が口にする瞬への讃辞に眉を吊り上げた。
当の瞬は、自分が何を言われたのか にわかに理解することができなかったらしく、暫時 きょとんとした顔になり、それから 二度三度と瞬きを繰り返した。
「えっ?」
「氷河でさえ、シロップをかけてない かき氷みたいになってるのに」
「星矢、なに言ってるの。これは かき氷じゃなく、アイスクリーム。星矢、大丈夫?」
「いや……うん……。大丈夫だ。何でもない。きなこ黒蜜、探してきてくれて、ありがとな。これ、俺も一回しか巡り会ったことがなくてさ、も一度食いたいって、ずっと思ってたんだ」
「食べたいアイスとの再会が嬉しくて、食べるのも忘れて感動してたの? 星矢ってば、おかしい」
「へへ。俺も こんなに感動するとは思ってなかった」

星矢の『なんで、こんなに可愛いんだ?』を、瞬は、きなこ黒蜜アイスとの感動的な再会を実現させてくれた仲間への、ふざけた阿諛追従の類と解したようだった。
瞬と似たり寄ったりの解釈をしたのだろう。
氷河も、吊り上げていた眉を通常の位置に戻した。
が、紫龍と一輝には、それが ふざけた阿諛でも追従でもない事実――星矢にとっての事実――だということが わかっていたのである。
感情をコントロールする前頭葉と記憶を司る側頭葉、視覚情報を司る後頭葉を刺激され、人間の顔の美醜の判断ができなくなっている星矢の目、脳。
アイスクリームに手をつけることも忘れるほど、星矢を驚かせたものは、そういう状況下にあるにもかかわらず、自分の目に 瞬が“可愛く”見えたことだったのだ――と。
瞬に疑われないよう、きなこ黒蜜のアイスクリームを食べ始めた星矢の様子は、まだ 少し ぎこちなかった。






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