「へっ」 『氷河を失恋の痛手から立ち直らせ 地上の平和を守るための戦いを戦い続けさせるには、どうすればいいか』を議題とした学級会。 アテナの聖闘士が 失恋のせいで 戦う意欲と使命感を失っていることを、余人に知られるのは まずい。 そんなアテナの聖闘士の対処方法についての会話を 余人に聞かれることは、更に一層 大いにまずい。 慌てて顔を上げた星矢は、自分たちが“大いに まずい”どころか“いちばん まずい”者たちの前で学級会を開いていたことに気付くことになったのである。 そこには、あろうことか、“改めて考えてみると、使えない奴”たちが勢揃いしていたのだ。 「うわっ、何だよ。あんた等、死んだはずじゃなかったのかよ!」 何とも間抜けな質問だが、星矢としては、他に言いようがなかった。 生きたまま冥界に赴き、生きたまま冥界から帰ってくるという、生きている人間にあるまじきことをしでかした人間の非難の響きを帯びた質問に、黄金聖闘士を代表してサガが、不愉快そうに顔を歪め、答えてくる。 「何たる愚問だ。アテナと地上の平和を思う我等の心は、死さえも超越するのだ。当然だろう」 偉そうに構えて、大上段に宣言するサガに、 「つまり、また生き返っちまった――と」 星矢が、こめかみの 辺りを かりかりと指で掻きながら、応じる。 「そういうことだ」 『真紅の少年伝説』、『最終聖戦の戦士たち』、『冥王ハーデス十二宮編』、『黄金魂』。 飽きもせず、懲りもせず、これだけ生き返ることを繰り返していれば、生き返ることへの有難味など すっかり薄れてしまっているのだろう。 さすがに きまりが悪いらしく、サガも 怒らせていた肩から力を抜いてしまった。 「まあ、いいけどさ。で、今回は何のために生き返ってきたんだよ」 これだけ しつこく生き返ってこられれば、黄金聖闘士など、ご町内の厄介事に首を突っ込みたがる おせっかいな近所の おじさんたちと大差ない。 彼等は 一応、とりあえず、本当かどうかは知らないが、地上の平和を守るために戦う正義の士ということになっている。 そのプライドを刺激して怒らせることさえしなければ、大した害はない(はず)だった。 「それは我等にも わからないのだ。地上の平和が脅かされているのだとばかり思っていたのだが、敵の姿はないようだな」 「敵はいないけど、地上の平和は脅かされてるぜ。氷河が瞬に失恋して、戦うのが嫌だって、駄々 こね出しやがってさー」 もし その対処のために 黄金聖闘士たちが(また)生き返ってきたというのなら、やはり この事態は、地上世界の存亡に関わる重大事件らしい。 黄金聖闘士たちに現況を説明しながら、星矢は、その事実に軽い頭痛を覚え始めていた。 地上世界に滅亡の危機を招いている原因が何であるのかを知らされた水瓶座の黄金聖闘士が、サガの左後方で、枝分かれ眉の眉根を寄せる。 当然の成り行きとして、彼の眉は、彼の目の上に 横に長い『×』の形を描くことになった。 「何ということだ。我が弟子ながら、情けない」 「お言葉ながら、我が師カミュ。アテナの聖闘士といえど、一個の人間。人間は、傷付きやすく熱い心というものを持っているんだ。俺は もう駄目だ」 自分を育ててくれた師匠の前で、平気で『俺は もう駄目だ』と言い放つ弟子。 そんなセリフを もし魔鈴の前で口にしたら、自分は 即行で半死半生の目に会わされるだろう――と確信できるだけに、星矢は、氷河と水瓶座の黄金聖闘士の生ぬるい師弟関係に 脱力せずにはいられなかったのである。 冷却系の技は高い技術が求められるものだが、この師弟の間では、戦闘技術の伝達は ともかく、メンタル面での育成が まるで為されていない。 サガの右後方で、そんな冷却系師弟のやりとりを眺めていたシャカが、冷却系師弟を蔑むように ふんと鼻を鳴らす。 「さすがはカミュの弟子だけある。惰弱の極みだ」 シャカは、やはり瞬と氷河がどうにかなることを快く思うことができないらしい。 カミュが無言で 乙女座の黄金聖闘士に対してフリージングコフィンを放つ態勢に入り、シャカは、その真意は確かめようもないが、素知らぬ様子で カミュの上から視線と話を逸らした。 「ところで、私の後継者はどこだ」 「瞬なら、アテナのお供で、考古学博物館に行ってるぜ」 「そうか、アテナのお供で。踊るしかない能のない どこぞの聖闘士と違って、美貌と実力を兼ね備えた私の後継者は、アテナに 大層 気に入られているというわけだな」 “美貌と実力を兼ね備えた”は、“私”にかかるのか、“私の後継者”にかかるのか。 文脈的には瞬にかかる形容句なのだが、シャカのことであるから油断はならない。 ともあれ、我が事のように得意げに そう告げたシャカを 快く思わない男が一人、その場にはいた。 もとい、誰一人 快く思ってはいなかったが、特に快く思わない男が、その場には一人いた。 「アテナが女顔の聖闘士を連れ歩くことが多いのは、その方が へたなスキャンダルを生むことがなくて安全だからだろう。アンドロメダは アテナと手を繋いで歩いていても 誰も何とも思わない男だと、クロノス騒動の時、笑いものになっていた」 “アテナに最も忠誠心の篤い男”という呼称を誇りに思っている某山羊座の黄金聖闘士が、嫌味なのか妬みなのか判別しにくいコメントを差し挟んでくる。 が、シャカは それもまた 軽く鼻で笑い飛ばした。 「どれほどアテナへの忠誠心が篤くても、君はアテナの手を握ったことがないからな」 「それは貴様も同じだろうが!」 言うなり、シュラがエクスカリバーの構えに入る。 死したりといえど、アテナの聖闘士の最高位に位置する黄金聖闘士同士の見苦しい争いを見兼ねたのか、ムウが そんなシュラを押しとどめた。 「喧嘩は あとだ。我々が生き返ったのは、やはり この事態を収拾するためだと思われる。星矢。つまり、氷河と瞬が くっつけば、地上の平和は守られるのだな」 それは、黄金聖闘士にしては オトナな振舞い。仲間に冷静になることを促す真っ当 かつ親切な対処だったのだが、シャカは、仲間の親切に感謝するどころか、逆にムウに噛みついていった。 「どうして私の後継者が、妙ちくりんな踊りを踊ることだけが有名な男と くっつかなければならないのだ! それだけなら まだしも、キグナスはカミュの弟子なんだぞ! この看板倒れの似非クール聖闘士の! 実力の方も たかが知れている!」 「似非クール聖闘士とは何だ! 聖闘士一高い電波塔の おまえにだけは言われたくない!」 「電波塔が高くて、何がいかんのだ。電波塔は高い方がいいに決まっているではないか」 「バルゴのシャカは電波の意味も知らんのか!」 「電波の意味くらい知っている。電荷をもった物体を高速で振動させたとき、周囲の電場や磁場が影響を受けて波のように変化する現象のことだろう!」 「電波とは、側にいると頭がおかしくなりそうな奇矯な言動を繰り返し、周囲の人間に迷惑をかけまくる者のことを言うのだ。どこぞの乙女座の黄金聖闘士のようにな」 「それは君のことではないか。いや、私以外の黄金聖闘士は全員、その定義に当てはまる」 「なにぃ〜 !? 」× 11 シャカの主張は 100パーセント間違っているわけではなかったのだが(91.667パーセントは正しかったのだが)、シャカに それを言う資格はないというのが、シャカを除いた黄金聖闘士全員の一致した考えだったろう。 そして、この展開で、その対戦図が、『シャカ VS 11人の黄金聖闘士』にならず、『黄金聖闘士(1) VS 黄金聖闘士(2) VS 黄金聖闘士(3) VS 黄金聖闘士(4) VS 黄金聖闘士(5) VS 黄金聖闘士(6) VS 黄金聖闘士(7) VS 黄金聖闘士(8) VS 黄金聖闘士(9) VS 黄金聖闘士(10) VS 黄金聖闘士(11) VS 黄金聖闘士(12) 』となることが、誇り高い(?)黄金聖闘士たちの心のありようを物語っていた。 「黄金聖闘士たちが仲が悪いって ほんとだったんだなー……。嘆きの壁で感動した俺たちが馬鹿みたいだぜ」 アテナの聖闘士の最高位にある黄金聖闘士たちが、この程度。 真面目に 危機感に囚われることさえ馬鹿らしくなって、星矢は他人事の顔でぼやいた。 「彼等の不仲と お馬鹿と あさはかのおかげで、俺たちは十二宮を突破できたんだから、文句を言う筋合いもないだろう」 韻を踏む余裕を見せた紫龍に、 「そこ! 何を こそこそ話している!」 サガからの叱責が飛ぶ。 「何も」 黄金聖闘士たちの不仲と お馬鹿と あさはかのせいで 地上支配の野望を打ち砕かれた男に敬意と同情を示して、紫龍は すぐに無駄口を叩くのをやめた。 個人主義の黄金聖闘士と、信頼と団結重視の青銅聖闘士。 両者の戦い方、生き方、価値観は、極めて対照的だった――真逆とも言えた。 だが、両者が望むものは同じ、ただ一つ。 地上の平和を守ることなのだ。 その ただ一つの目的のために(シャカの不遜や高慢への反発もあったかもしれないが)復活した黄金聖闘士たちによる学級会は、 「とにかく、我々は地上の平和とアテナの身を守らなければならん。そのためには、アンドロメダとキグナスをくっつけて、キグナスの戦闘意欲を復活させることが肝要。それこそが、今回の我々の復活の意味と目的に違いない」 という結論に落ち着いたのである。 |