そういう経緯で、星矢たちのいる宿に戻った氷河は、朝にはまだ間があるというのに 星矢たちを叩き起こし、行方不明の瞬の兄を探し出すよう、彼等に命令したのです。
氷河に叩き起こされた星矢と紫龍は 寝ぼけまなこで 氷河の説明を聞き、あくびをしながら呆れた顔になりました。
「事情は わかった……ような気がするけど、あのお姫様が男だったって、それは まじかよ」
「いや。この際、問題なのは、瞬公主が瞬公子だったことではなく、にもかかわらず、氷河が瞬公主を国に連れて帰ると言っていることなのではないか」
「え? ああ、そうか。そっちの方が問題だよな。男だったんだろ、あの お姫様」
星矢は まだ しっかり覚醒できていないらしく、何度も同じことを繰り返します。
氷河は、星矢の反応の鈍さに いらいらしてしまいました。

「瞬は死ぬほど俺の好みなんだ。まさに理想の具現。理想以上の理想だ。その事実に優先することなど、この地上には何一つない。瞬の兄を探せ! 東春国の帝位争いのことや 瞬の婿探しの話は、瞬の兄の耳にも届いているだろう。瞬の兄が、あんな可愛らしい いも――いや、弟を一人きりで放ったらかして 遠くを ほっつき歩いていられるわけがない。へたに自分の館に顔を出すと帝位を押しつけられると考えて、この都の どこかに潜伏しているに違いないんだ。都の内の宿泊施設を しらみ潰しに探せ。金にも人にも糸目をつけるな。瞬の兄なら、嫌でも人の目を引く美形だろう」
常識ある友人の言に 一切 耳を貸す気がないらしい氷河に、星矢と紫龍は 互いに顔を見合わせ、それから微妙に顔を歪ませました。

「おまえが男でもいいってんなら、俺たちには何を言う権利もないけどさぁ……」
「瞬公主の兄が この都の内にいるという、おまえの推察は当たっているかもしれんが……。瞬公主と その兄の一輝公子は、びっくりするほど似ていないというので有名な兄妹――いや、兄弟だぞ。おまけに、一輝公子が姿をくらましたのは、今から2年も前。肖像画のモデルになるのが嫌いで、おそらく一輝公子の顔を知っている者は、国内にも ほとんどいない。探せと言われても――」
「瞬に似ていない? それは まあ……瞬のように美しい人間が この地上に ごろごろ転がっているはずもないが――」

瞬を我がものにしたあとのことばかり考え浮かれていた氷河は、人探しに必要な情報の欠如を 紫龍に指摘されて、少しばかり 冷静さを取り戻しました。
言われてみれば、氷河自身、瞬の兄の顔を全く知らないのです。
これでは 話になりません。
とはいえ、氷河の中では、瞬を自分の恋人にすることは既に 既定の事実になっていました。
この未来を変えることなど――この未来は、何があっても決して覆すことはできません。

「瞬の兄の肖像画か……。瞬の許になら、1枚くらいはあるかもしれんな」
そう呟いた氷河の心は、途端に、自分の思いつきのせいで急浮上。
「うむ。瞬のところに、兄の肖像画はないか、聞きにいこう」
うきうきした様子で そんなことを言い出した氷河を見て、星矢と紫龍は かなり疲労気味です。
「今からすぐに瞬の許に とんぼ返りすると、眠っている瞬を起こしてしまうことになるか……。仕方ない。夜明けまで待とう」
瞬の眠りを気遣うことはできるのに、どうして仲間のそれを気遣うことはできないのか。
星矢は 少々――いいえ、大いに――腹が立ったのですが、今の氷河には、何を言っても おそらく無駄。
星矢は、氷河への糾弾を諦めるしかありませんでした。



氷河への糾弾は諦めることにして。
「おい。これで ほんとに例の計画は うまくいくのか? 瞬公主が男だったなんて、そんなの まるっきり想定外だぞ」
氷河には聞こえないように、星矢は小声で紫龍に尋ねたのです。
とても――とても不安な気持ちで。
「瞬公主が男子とは、全く驚き入った話だが、それでも すべては我等が女王の計画通りに進展している。氷河の孔雀の遠的など、俺たちが お膳立てする前に しでかされてしまって、俺たちの方が慌てる始末だ」
「だから恐いんだよ、俺は。なんで こうなるんだ」

瞬に再会できる夜明けを待つ氷河の耳には、星矢と紫龍の ひそひそ話は まるで聞こえていないようでした。
氷河の心と思考と五感は、瞬と離れている たった今も、瞬のためだけに活動しているのでしょう。
そして、氷河の理性は――氷河にも理性はあったんですよ――瞬への恋心のために沸騰して、ほとんど蒸気になり、どこかに飛んでしまっていたのです。






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