そうして、再び 外国に出た俺。
いったんは、山を3つ越えたところにある村の無鉄砲な猟師ということで落ち着きかけていた俺。
それが一転、『殿下』と呼ばれる身分の人間になってしまった俺。
俺が、
「いったい俺は誰なんだ」
と迎えの二人に訊いたのは、越えるべき最初の山の麓に着いた頃だった。
山への入り口を示すように、そこにモミの木が1本だけ そびえ立っている。

「殿下でも王子様でもないことだけは確かだよ、この大馬鹿!」
と日本語で答えてきたのは、髪が滅茶苦茶なチビの方で、
「必要なら口止めに使うよう、沙織さんに預けられていた指輪が役に立った」
と日本語で ぼやいたのが長髪の男の方。
「沙織さん? それは――」
『誰の名だ』と、俺が日本語で問おうとした時。
「氷河……!」
俺の名を呼んで、モミの木の陰から 俺の方に駆け寄ってくる人がいたんだ。

清らかに澄み、明るく輝いている瞳。
優しく温かく可愛らしい、その面差し。
華奢な肢体。
軽やかで、隙も無駄もない所作。
「瞬!」
その姿を一目 見ただけで、俺は すべてを思い出した。
俺はアテナの聖闘士、キグナス氷河だと。
瞬に恋されるという人類最高の幸運に恵まれている、地上世界で最も幸せな男だということを。






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