南の大国の王の名は一輝といった。
氷河より1つ年上。
見るからに屈強な体躯の持ち主で、面構えも豪胆。
南の大国の王は“地上で最も強い男”という神々の祝福を受けた王だと言われれば、なるほど そうだろうと、即座に得心できるような男だった。
とはいえ、事実 そうなのかと訊いたところで教えてもらえるわけもない。
南の大国の王との対面で、『そうかもしれない』という氷河の考えは 一層 強まったのだが、それは それだけのこと。
氷河は、南の大国の王宮で、自身の推察の正否を確認するために、南の大国の王の秘密を探り出す術を模索することになったのである。


南の大国の王に瞬という名の弟がいることを 氷河が知ったのは、彼が そんな模索を続けている最中のこと。
「我が国の国王陛下の弟君である瞬様は、南の大国の国王陛下の ご訪問を大変 喜んで、その ご到着を今か今かと心待ちにしていらしたのです。ですが、氷河様に会うことを陛下に禁じられ、ひどく しょんぼりなさっていて――どうにか できませんでしょうか」
そう言って、氷河の許を訪ねてきたのは、王弟付きの侍従だという初老の男だった。
王位に縁のない王弟の侍従にふさわしく、いかにも善良だけが取りえといった様子の男で、彼の請願が 何らかの企みがあってのこととは、氷河には思えなかった。
とはいえ、唐突にも思える その申し出には疑いの念を抱かずにはいられない。

「王弟が、なぜ俺に」
「それはもちろん、氷河様と仲良くなりたいと 願って おいでだからですよ」
氷河の疑念に 人の好い笑顔で そう答えてから、彼は、自分の答えが北の大国の王の顔を怪訝なものにしたことに気付いたようだった。
彼は すぐさま、堅苦しい顔と声と言葉で 自らの発言を改めた。
「瞬殿下は、北と南の大国が固い信頼と友情で結ばれることが、地上の平和を守るために何より重要なことと考えております。そのために、北の大国の国王である氷河様と親交を結ぶことを希望しているのです」

氷河が つい、『兄王は そんなことは考えてもいないようだったが』と嫌味を言ってしまいそうになったのは、氷河が その侍従に気安さを感じてしまったからだったろう。
そんな本音を口にしても問題にはならないような――緊張を欠き 安穏とした空気を、南の大国の王弟の侍従は その身に まとっていたのだ。
肝心の南の大国の国王自身は、氷河の到着当日に 王同士で対面した際、氷河に『遠路はるばる ご苦労なことだ』と ぞんざいな言葉をかけたきり、歓迎の場一つ設けることなく、氷河を放っぽっていた。
南の大国の王の胸中にあるものが、敵意なのか、警戒心なのか、あるいは無関心、はたまた 迷惑至極という気持ちなのかは、ろくに言葉も交わしていない状況では、氷河にも判断しきれない。
が、自分が この国の王に歓迎されていないことだけは確実だと、氷河は思っていた。
もっとも、下にも置かないような もてなしをされないおかげで、氷河も 氷河と共に南の国にやってきた従者たちも、形ばかりの儀式や宴に時間を取られることなく 異国で 好き勝手ができていたのだが。

侍従の話によると、南の大国の王が 北の大国の王の訪問の申し出を受け入れたのは、彼の弟が 南北の国は友好を結ぶべきだと、強く兄王に進言したからだったらしい。
一輝は弟を溺愛していて、弟の願いを叶えることをはしたが、最愛の弟が 何を企んでいるか わからない異国の王と接することを快く思わず、北の国の王との面会を禁じてしまったのだそうだった。
氷河の方からも 王弟との面会を希望してもらえれば、一輝も 南の国の国王として 北の大国の王の希望を無下にはできないだろうと、王弟の侍従は 親しみやすい笑顔で氷河に告げてきた。
どこまでも人の好さそうな彼の笑顔は、かえって氷河の中に警戒心を呼び起こし、その言葉を言葉通りに受け取っていいのかどうか迷わせてくれたのだが、結局 氷河は彼の依頼を実行することにしたのである。

一輝の心身の頑健さからして、王弟が南の大国の王位に就く可能性は 極小だろうが、王家の男子 ――王の息子――は、たとえ第二王子であっても 特別な存在である。
王弟自身も 神々の祝福を受けており、となれば 当然、兄王の祝福の内容も知っているだろう。
上手くすれば、南の大国が持つ二つの力、二つの秘密を一度に探り出すことができるかもしれない――のだ。

「南の大国の国王陛下は 非常に多忙で、両国の友好について語る時間も取れないようなので、せめて弟君との面会を許してもらいたいんだが。俺も、何らかの成果を得ないことには、国に帰れないんだ。貴様も一国の王なら、王の立場や面目というのが どんなものかは わかるだろう」
わざとらしい嫌味を盛り込んで、氷河が王弟への面会を求めると、一輝は言下に氷河の要望を退けてくれた。
予想通りだったので、氷河は遺憾にも思わなかったが。

王弟自身は『会いたい』と言ってくれているのだ。
まさか 牢獄や鍵付きの部屋に監禁されているわけでもないだろうから、非公式に会おうと思えば、その方法は いくらでもあるだろう。
そう考えて、氷河は、一輝に食い下がることはしなかった――重ねて面会を求めることはせず、あっさり引き下がった。
これが 良い方向に左右したらしい。
会おうと思えば 会う方法は いくらでもある――と 氷河が考えていることに気付いた一輝は、自分に隠れて二人が会うよりはと考えたらしく、不承不承――本当に しぶしぶ――氷河に 弟との面会を許してくれたのである。

南の大国の国王が 弟を溺愛しているという侍従の話は、事実のようだった。
その気になれば、弟から自由を奪い、断固として 弟と異国の王が会うことを阻止できる立場にあるというのに、一輝は そうすることができないらしい。
それで、氷河は、南の大国の王弟の立場、その人となりについて、あれこれと勘繰ることになったのである。
瞬王子が 出来の悪い弟なら、南の国の王の弱みになる。
出来がよすぎる弟なら、場合によっては王位簒奪に利用されることもある。
そういったことを懸念して、一輝は自分の弟を他国の王に会わせたがらなかったのではないか――と、そんなことを。

事実は そのどちらでもなかったが。
一輝は、文字通り、自分の弟が可愛すぎて他人に会わせたくなかったのだと、瞬を一目見た瞬間に 氷河は知った。
南の大国の王弟は、素晴らしく美しい少年だった。






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