乙女座の黄金聖闘士の前で、天馬座の聖闘士は どれほど行儀の悪いことをしでかしたのか。 星矢と紫龍が天蠍宮にやってきたのは、氷河と瞬が蠍座の黄金聖闘士の許を辞してから かなりの時間が経ってからだった。 その場に 氷河と瞬の姿がないことを認めた星矢が、不満そうに口を尖らせる。 「瞬たちは待っててくれなかったのかよ」 「結構 長く待っていたんだが、待ちきれなくなったらしい」 「沙織さんは、今日のうちなら いつでもいいって言ってたし、急ぐ必要なんかないのに……。あんた、また、氷河が最初にここに来た時のことで、あいつを からかったんだろ」 氷河は 遅参の弁解をしなければならないようなことを言っていたのに、青銅聖闘士たちは アテナに時刻を指定されていたわけではなかったらしい。 「からかっていたわけではない」 からかっていたわけではないが、氷河は からかわれていると感じ、それが不快だったのだろう。 だから 彼は、仲間たちの到着を待たずに、この宮を出ていったのだ。 不寛容なのか、短気なのか。 ミロは氷河の度量の小ささに、肩をすくめた。 「からかっていたわけではない。綺麗な二人。子供同士のままごとのような恋。微笑ましいが、初恋は破れるもの。人生の先達として、そうなった時のことを案じ、大人の忠告を垂れてやっただけだ」 親切な忠告も、忠告される側の人間に それを受けとめるだけの度量がなければ、するだけ無駄。 若い二人には まだ、大人の思い遣りがわからないらしい。 ミロは嘆かわしげに 頭を左右に振ることになった。 「微笑ましい? 大人って気楽だな」 星矢が、低く 一人言のように ぼやく。 「なに?」 思ってもいなかった言葉に、ミロは眉をひそめた。 「あ、いや、別に。大人な あんたが心配してやらなくても、あの二人は離れないと思うぞ」 「苦労知らずで夢見がちな子供は、永遠の愛だの、運命の出会いだの、そういうものを信じたがる」 氷河が初めて この宮にやってきた時も、叶わぬ夢は見るなと忠告してやったのに、氷河は その忠告を無視した。 そして、彼は 彼の師の命を奪うことになった。 ミロは後悔していたのである。 あの時、もしかしたら青銅聖闘士たちの夢は叶うかもしれないと 甘いことを考え、氷河を先の宮に向かわせてしまったことを。 確かに、若い青銅聖闘士たちは その夢を叶えたが、そのために払われた犠牲は あまりに大きく、その事実は 今でも氷河の悔いになっている。 若く無謀な子供たちを可愛いと思えばこそ、ミロは彼等の人生に これ以上 深い傷を増やしたくなかった。 そのために、“用心”というものを教えてやるのは 大人の務めだと思っていたのだ。 が、ミロの“大人”らしい用心を、若い青銅聖闘士たちは快く思わなかったらしい。 星矢が むっとした顔になり、紫龍は――紫龍もまた、何か思うところのあるような目をして、全く楽しくなさそうな沈黙を作った。 「ペガサス? ドラゴン?」 僅かに肩を怒らせた星矢を 素早く引きとめて、龍座の聖闘士は にこやかな――もとい、にこやかに見える微笑を、その顔に貼りつけた。 「そうですね」 十二宮を突破した青銅聖闘士たちの中では、龍座の聖闘士が 最も巧みに 目上の者への対応をこなす。 それが気に入らなかったらしい天馬座の聖闘士が 軽く舌打ちをし、しかし、彼は すぐに その唇を一文字に引き結んだ。 光速の拳を見切る目を持つ黄金聖闘士の目には、星矢の反抗的な態度の すべてが見えていたが、その本心はどうあれ、子供たちが場を取り繕おうと努力している様も見て取れていたので、あえて何も見えていない振りをして、ミロは 彼等を天蠍宮から送り出してやったのである。 8番目の宮を出た途端、黄金聖闘士が秀でているのは 動体視力と戦闘力だけだと思い込んで 油断したらしい天馬座の聖闘士が、 「微笑ましいだとさ。大人ってのは、つくづく子供だな。氷河と瞬も、よく我慢が続くもんだ」 と 毒を吐いた声が、蠍座の黄金聖闘士の耳に聞こえてきた。 |