蠍座の黄金聖闘士は、空間を捻じ曲げる力は持っていない。
千里眼も順風耳も持っていない。
だから、彼はここにいるのだろう。
そして、彼は 決して鈍感な男ではなく、だから彼は 生意気な青銅聖闘士たちを追ってきたのだ。
ほとんど無表情な蠍座の黄金聖闘士の顔を見て、星矢は、双魚宮での やりとりを すべて彼に聞かれたことを知った。

「大人なら、余計なことを言うなよ。瞬は、おまえを責めたくないし、憎みたくないんだ」
この男には、何よりもまず 口止めが必要。
そう考えて、星矢は 自分が為すべきことをした。
蠍座の黄金聖闘士から、
「俺はアンドロメダのためにどうすればいい」
という、あまりにも予想通りの反応が返ってくる。

ミロは、悪い男ではないのだ。
直情径行の気味があり、黄金聖闘士であるために 成り行きで思い上がっているところはあるが、自分が犯した過ちから目を背けたり、隠蔽を計ったりするようなことはしない。
罪は、それが自分のものであっても、他者のものであっても、平等に正当に断罪されるべきだと考えている。
ミロは 実に真っ当な男。正義漢といってもいいほどの男なのである。
しかし、その美徳を、今 瞬に対して発揮されるのは困る。
今 彼に、そんな 勧善懲悪漫画を読み過ぎた子供のような真似をされては困るのだ。

「アテナを信じて、地上の平和を守るために戦えばいいんだよ。どうせ それしかできないだろ、あんた」
幸い ミロは、『大人なら、それ以外のことはするな』という言外の指示を察知できないほど 遅鈍な男ではないようだった。
それは、真っ当な正義漢の彼には かなり不本意なことであるようだったが、こればかりは耐えてもらわなければならない。
瞬のために。
敬愛する師の命を奪われた瞬。
敬愛する師の命を奪った男の温もりで、かろうじて氷点に至らずに済んだ瞬の心を守るために。

「あの二人は離れないのか」
「あんたのおかげでな。あんたは いい仕事をしてくれたよ」
「……」
それは皮肉ではなく、星矢の素直な気持ちだったのだが、大人である彼は それを皮肉と捉えないわけにはいかなかったらしく、ミロは古い傷が引きつるように その顔を歪ませた。
「贖罪はおろか、謝ることすらできないのか」
「大人なら、我慢しろよ」
「アフロディーテは その命で 自らの罪を贖った」
だから、蠍座の黄金聖闘士にも そうする権利はあると言いたいのか。
だが、星矢の答えは『否』だった。
そんな権利が、蠍座の黄金聖闘士にあるわけがない。

「瞬はアフロディーテを倒したことを後悔している。もっと別の方法があったんじゃないか、きっと あったはずだって、ずっと後悔してるんだ。これ以上、瞬の後悔を増やすな。あんた、大人なんだろ。俺たちの仲間を これ以上 傷付けたら、俺たちだって いつまでも大人しい青銅聖闘士のままじゃいないぞ!」
燃えるように険しい目で、青銅聖闘士が黄金聖闘士を威嚇してくる。
ミロは、天馬座の聖闘士の力に脅威は感じてはいなかった。
威圧されてもいなかった。
だが、ただ、どうしようもない敗北感を感じさせられてはいたのである。

「俺は……大人というものは、過ちを犯し、その過ちを反省し、自らを正すことを繰り返し、そうして 人は大人になっていくものだと思っていた。過ちを犯さずに大人になっていく者もいるんだな。俺は、君たちを、致命的な過ちを犯したことがなく、それゆえに挫折を知らない、おめでたい子供たちなのだと思っていた」
「子供を大人にするのは、過ちじゃなく、愛だろ」

天馬座の聖闘士が――アテナの聖闘士が、事もなげに、だが 確信に満ちて断言する。
十二宮を突破した青銅聖闘士たちの中で 最も幼く単純な子供だと思っていた星矢が、これなのである。
あとの四人は 推して知るべし。
誰よりもアテナの聖闘士らしいアテナの聖闘士の前で、ミロは、息苦しさに襲われながら 自嘲した。






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