その夜、氷河の帰宅は2時過ぎになった。 最後の客が終電に間に合うように店を出てくれると、氷河の帰宅は この時刻になる。 氷河の帰宅に気付いた瞬が、そっとナターシャの部屋から出てきた。 瞬が身に着けているのは部屋着で、寝衣ではない。 「お帰りなさい。ナターシャちゃん、静かに眠ってるよ」 「最近は 恐い夢を見なくなってきているようだな」 「うん。楽しい夢の方が多いみたい。あの時のこと、忘れてきているんだと思うよ」 「そうか。……部屋に戻るのか?」 一応、瞬の部屋は このマンションの他階にある。 「んー……」 氷河に問われた瞬は、すぐには答えず――答える代わりに、氷河の顔を覗き込んできた。 最初から帰す気のない氷河が、それでも、提案という形で瞬を誘う。 「俺の部屋にお泊りというのはどうだ?」 人を傷付けるようなものでないのなら、氷河は嘘をつくことも平気だが、今回に限って言えば、氷河は瞬の兄に嘘をついてはいなかった。 瞬は、ほぼ毎晩、ナターシャと一緒に眠っている。 それと同じくらい、ほぼ毎晩、ナターシャのパパとも眠っているというだけで。 「ナターシャちゃんは、少しずつ 一人で眠れるようになってきているのに」 「俺はナターシャより寂しがりやなんだ」 「甘えん坊なだけでしょう」 氷河が、ナターシャにも見せない微笑を作る。 それは、瞬のためだけにあるものだった。 「甘えたくもなる。おまえは 俺の信頼できる友人であり、強い絆で結ばれた仲間であり、共に死地を駆け抜けてきた戦友であり、美しい恋人で、俺の娘の幸福を願う同志であり――おまえは 俺のあらゆる存在だ。おまえなしでは、俺の生活は立ち行かないし、俺の命も立ち行かない」 「僕はナターシャちゃんのマーマだけど、氷河のマーマじゃないよ」 「マーマに こんなことはできない」 氷河が 瞬の身体を抱きしめ、その足の間に膝を割り込ませる。 「んっ」 信頼できる友人であり、強い絆で結ばれた仲間であり、共に死地を駆け抜けてきた戦友であり、美しい恋人で、幼い娘の幸福を願う同志。 二人の間に絆が増えるほどに、二人の身体と心は より密接に、もはや一人の人間と言ってしまってもいいほど 一つに融け合い、その歓喜も強まり、深まる。 抱きしめる男を、甘く 優しいカクテルのように酔わせてくれる瞬の身体、声、心。 最高級のシャンパンもコニャックも、瞬の身体には及ばない。 氷河にとって、瞬は、決して完成することなく、いつまでも変化し進化し深化し続ける奇跡のような存在だった。 |