ナターシャは、氷河が休みの時には もちろん氷河と過ごすのだが、それ以外の時は、瞬、紫龍、星矢、蘭子、吉乃、シュラたちが 持ち回りで預かり 世話をすることになっている。
その日は、『お子様ランチなるものを食してみたい』と希望するシュラが、夕方からナターシャを借り受けていた。
以前、某ファミレスで お子様ランチをオーダーした際、“お子様”の同席がない客に それを提供することはできないと 店員に言われてから ずっと、シュラは お子様ランチなる食べ物に心を残していたらしい。
そして 今日、ナターシャを同伴することで、彼の希望は ついに叶えられたのだろう。
氷河の店の閉店間際、シュラは大層 満足した様子で、ナターシャを彼女の父の職場まで届けに来てくれた。

シュラが、ナターシャを預かった際に、氷河の家ではなく店の方に彼女を届けてくれるのは、あわよくば酒を飲めるかもしれないと、それを期待してのことである。
無論 氷河は、未成年飲酒禁止法に抵触する行為をして、蘭子の酒類販売業免許が剥奪されるような事態を生じさせるわけにはいかないので、シュラの期待は いつも空しいものになっていたが。
シュラのどこが未成年なのかという問題は ともかく、そんなふうに 毎日 異なる人と異なる場所で夜を過ごす落ち着きのなさは、ナターシャのためには よろしくないのではないかと、それは 氷河のみならず、ナターシャに関わっている人間すべての懸念事項になっていたのである。

深夜0時をまわっている。
シュラの腕の中で、ナターシャは既に眠っていた。
店に入ってきたシュラが、店内を 一渡り 見まわし、テーブル席の瞬の側に歩み寄る。
シュラが『こんばんは』の一言も口にしないのは、眠っているナターシャを起こさないためで、彼が不作法だからでも無愛想だからでも(多分)ない。
シュラは、無言のまま、ナターシャの身体を瞬に預けた。
僅かに 身動(みじろ)ぎをしたナターシャが、
「瞬ちゃん……」
と、新しい揺り籠の名を呼ぶ。

「起こしちゃった?」
小さな声で尋ねた瞬に、ナターシャからの返事はなかった。
目が覚めてしまったわけではないらしい。
ナターシャを瞬に渡し、ナターシャとの間に 相応の距離を置いてから、シュラが初めて口を開く。
「ナターシャは、眠っていても、誰に抱かれているのかが わかるんだそうだ。抱っこの仕方が人によって違うらしい。俺は かなりヘタ。パパの抱っこは楽しい気持ちになって、吉乃は危なっかしい。紫龍は安心、星矢は 少々乱暴」
「あたしはー?」
「たくま……心強い安定感を感じるそうだ」
シュラは、日本人的換言法を会得しつつあるらしく、彼の卓越した(?)技術は 蘭子を満足させたようだった。
最後に、瞬に、
「瞬ちゃんの抱っこは、温かくて優しくて、いちばん気持ちいいと言っていた」
と告げる。

「……」
いつもは意識しなくても自然に そうすることができているのに――今、自分は 温かく優しい気持ちでナターシャを包み込めているのか。
瞬は、自分で自分が わからなかった。






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