氷河の不信は正鵠を射たものだった。 約束の日。 Tホテルのイベントホールにやってきた瞬は、若い女性看護士を三人 伴っていたのだ。 瞬の人選なのだから、彼女等は皆、善良で人柄のいい有能な者たちなのだろうが、 「瞬先生が綺麗な人だって言うくらいだから、相当のものだろうと思ってたけど、うわー」 一人は 礼儀を知らず、 「コブつきでも、全然OKだよね!」 一人は 言葉使いを知らず、 「私の人類史上、最高のイケメン!」 一人は 歴史を知らない人物のようだった。 瞬の企みが それなのであれば、ここにいる義理も義務も必要もない。 「ナターシャ、帰るぞ!」 ナターシャの手を取り、氷河は すみやかに回れ右をした。 「パパ、お花はーっ」 肝心の 綺麗なお花を まだ一つも見ていないナターシャが、パパの回れ右の意味がわからず、パパに合わせて歩き始め損なう。 氷河は 無言でナターシャを抱き上げて歩き出し、 「瞬ちゃんー」 ナターシャは 氷河の肩の上から、両手を瞬の方に差しのばすことになった。 「氷河!」 氷河が無表情無愛想でも客商売ができる男だということを 失念していたわけではなかったのだが、まさか ここまで露骨に不快の念を表出されることになろうとは。 頼んで同道してもらった看護士たちの手前、瞬は、彼女等を放り出して、立腹した氷河を追いかけていくわけにはいかなかった。 身体は その場にあるのに、目と心は氷河とナターシャを追いかけている瞬に、 「追いかけてください。どうぞ。私たちのことは お気になさらず」 と言ってくれたのは、氷河が礼儀知らずと決めつけた看護士その1。 「だいたい察しはついています。瞬先生が あの二人と三人で歩いているところを見たことのある看護士や職員が 院内には何人もいるんです。三人共 目立つから、人混みの中でも どうしても気がついてしまうんですよね」 と言うのは、氷河が言葉使いを知らないと決めつけた看護士その2。 「みんなで勝手に あれこれ勘繰ってはいましたけど、あの三人の中には誰も入っていけないというのが、院内の統一見解ですから」 と言ったのは、氷河が歴史を知らないと決めつけた看護士その3。 礼儀を知らず、言葉使いを知らず、歴史を知らないような彼女等の振舞いは、瞬のためのものだったらしい。 「す……すみません。このホテルの本館の日本料理店にコースの予約を入れてあります。お代は僕の方に請求が来るようになってますから、召し上がってください」 「わ、リッチ!」 高級日本料理と 話の種。 休日の外出の報酬としては それで十分だったらしく、 「頑張ってくださーい!」 彼女等は、エール付きの笑顔で 瞬を送り出してくれた。 |