信じ難い光景――バトルではなく――二つの小宇宙。 その申告通り、ウティスの小宇宙は強大だった。 青銅聖闘士であった頃に既に黄金聖闘士の力を凌駕し、神を倒したことさえある星矢の小宇宙に 全く ひけをとらない。 無論、聖闘士の小宇宙は その聖闘士の力と意思によって無限に強まり 広がるものであるから、二つの小宇宙に優劣をつけることは無意味なのだが――ともかく、ウティスの小宇宙は強大だった。 しかし、彼の小宇宙の強弱大小は、この際 全く問題ではなかった。 今 問題なのは、なぜ 彼が瞬たちの前で決して小宇宙を燃やさなかったのかということ。 その理由が、もしかしたら わかった――ということ。 ウティスの小宇宙は、氷河のそれと ほぼ同じだった。 その性質、込められている思い、孤独への冷たい恐怖、怒り、愛する者を切望する心、微かな――本当に微かな希望。 氷河と同じ小宇宙。 そして、小宇宙を燃やし始めた途端、黒い色でできていたウティスの髪は金色に、その瞳は空の青色に変わった。 「氷河…… !? 」 そんなことが あるはずがない! と、瞬が叫ぶより先に、星矢が、彼の正体を瞬に知らせてきた。 「こいつは未来からきた聖闘士じゃない。氷河の子孫でもない。こいつは、別の世界の――異世界の氷河だ!」 「異世界の氷河…… !? 」 生死の約束が破られ、時の流れの法則から逸脱することさえある この世界で、そんなことはありえない――と言うつもりはなかったが、それでも 瞬は驚いた。 にわかには信じられなかった。 氷河とウティスは違う。 何もかも違うのに。 瞬にその事実を信じさせたのは、紫龍の落ち着いた声――というより、彼の声の落ち着きだったかもしれない。 「おまえに会えなかった氷河。おまえのいない世界の氷河。おそらく、俺や星矢や一輝にも巡り会うことができず、一人で聖闘士になった氷河だ、この男は」 「そんな……だって……」 「おまえは、二人の近くにいすぎて、二人を見比べることができなかったんだろう。離れたところから見ると、二人は全く同じだったぞ。顔の造作だけは。それ以外は――印象も、気配も、身にまとっている空気も、何もかも違っていたが。……いや、違っているのは当たりまえか。おまえが側にいないのでは――おまえも仲間も誰一人いない世界の氷河なのでは」 その事実――“誰でもない”聖闘士が異世界の氷河であることを、この世界の氷河たちに知らせないために、ウティスは彼の小宇宙を封印していたのだろう。 彼の髪や瞳が黒いのは、彼が劣性遺伝要素が淘汰された未来の人間だからではなく、彼が封印した小宇宙の作用だったのかもしれない。 ナターシャが懐くのも 当たりまえ。 ウティスは、ナターシャが大好きなパパと同じものだったのだ。 「君は氷河……なの? 本当に?」 本来の姿に戻ったウティスに、歯が震える声で尋ねる。 ウティスの変身に、ナターシャも驚いているようだったが、彼女は 驚きよりも嬉しさの方が勝っているようだった。 逆に、氷河は、ますます不愉快の度が増したらしい。 何か言いたげに――何か誰かを怒鳴りつけたいのに、誰を何と言って怒鳴りつければいいのかが わからないというような、珍妙で複雑な目をしている。 瞬に問われたことに、ウティスは首肯した。 「名はそうだ」 「名は?」 「名が氷河だということ以外、俺には そこの氷河と同じものはない。俺は、俺の世界、俺の時間では、白鳥座の聖闘士だ。黄金聖闘士ではない。力で、俺が黄金聖闘士に劣るとは思えないが、俺の世界のアテナは、俺を黄金聖闘士に ふさわしくないと言う。そういうものなのかと、俺は思っていたが、そう言いながら、彼女は俺を黄金聖闘士にしたいらしくて――」 ウテイスは、今は――少なくとも、昨日 ここで出会った時よりは――“何者か”になっていた。 ウティスの顔立ちは 確かに、若い頃の氷河そのものだった――つまり、今の氷河と ほぼ同じ。 にもかかわらず、瞬が――瞬だけでなく、ナターシャも、氷河自身も――二人を同一人物だと思わなかったのは、それほど二人の内面が違っていたからなのだろう。 人間の印象、表情、雰囲気というものは、それほど“心”で変わるものであるらしい。 星矢や紫龍が言う通り、ウティスは、氷河のようだった。 この時代ではなく、この世界でもない。 別の場所に生を受けた氷河――であるようだった。 |