星矢と紫龍が その日のうちに 氷河の激昂を瞬に報告したのは、その激昂の原因が 自分たちの告げ口にあることを、氷河の口から瞬に伝わるのはまずいと考えたからだった。
誤解が生じないよう、一言一句 違えずに 氷河の発言と その時の様子を瞬に伝えた星矢たちに、瞬から、
「高嶺の花ってなに」
という質問が返ってくる。

瞬は、本当に意味がわかっていないのか、それを笑えない冗談だと思っているのか、それとも、馬鹿にされたと感じて怒っているのか。
付き合いの長い星矢たちにも判断の難しい 瞬の口調。
その判断をしきれないまま、星矢は、
「言葉通りだろ。おまえのことだよ」
と答えた。
その返事を聞いた瞬は、氷河の思考回路が 理解できないというように 二度三度 瞬きをし、それから 長く細い溜め息を洩らした。

「僕は……氷河や星矢や一輝兄さんや――まっすぐで意思的で自由な人たちに、いつも憧れていたけど――今も憧れてるけど……」
その呟きに、ほとんど反射的に、紫龍が、
「俺は?」
と問い返す。
それが常の紫龍らしくなく、意地を張った子供のようだったせいか、瞬は やっと 仲間たちに 小さな微笑を見せてくれた。
「紫龍は――紫龍は、地に足がついた迷いのなさがあって、それも羨ましかった。僕は戦いのたびに迷ってばかりいたから……」

瞬の中には 今でも確然として、幼い子供だった頃の瞬、10代の少年だった頃の瞬が残っているらしい、
『迷ってばかりいた』と過去形になるところが、せめてもの成長の証なのか。
ともかく、元アンドロメダ座の聖闘士を“高嶺の花”と表する氷河の思考を、瞬が自然なこととして受け入れられずにいるのは 事実のようだった。
そして 瞬が、瞬の仲間たちを 自分より高いところにいる者たちだと思っていることも。
現在の自分の力が どれほどのものなのかを 自覚できていない瞬ではないはずはないのに。
それは星矢には 実に不可解なことだった。

「マーマは、ナターシャやパパを守るために戦ってくれるデショウ? 世界中の人たちを守るために戦ってるんダヨネ?」
今回も、紛糾の場を治めてくれたのは 虚心で賢明なナターシャだった。
「ナターシャちゃん……。うん。そうだね。ナターシャちゃんを守るためになら、僕は迷わず戦うよ」

ナターシャは、氷河にとっても 瞬にとっても、実に得難い宝である。
小さなナターシャに頬擦りをする瞬を見て、星矢と紫龍は そう思った。






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