アンドロメダは、翌日には その言葉を実行に移し、経緯をペルセウスに報告してきた。 「ペルセウス様のお部屋に毎日 花を飾ってくれていたのは、アマランダという名前の 可愛らしい方でした。ペルセウス様の感謝を伝えたら、ぱっと顔を明るくして、とても嬉しそうでしたよ」 その花に どれだけ心を慰められていても、花を飾ってくれている人に 感謝の気持ちを伝えることは、決してできない。 そう思い込んでいた人に、こんなにも簡単に『ありがとう』を伝えることができた。 ペルセウスは その事実に驚いてしまったのである。 暗い部屋に 突然 灯りがともされたかのような気持ちで、ペルセウスは驚いた。 “カシオペア様には知られぬように”何事かを成すことは、こんなにも容易なことだったのだと。 万一 祖母に知られてしまった時のことを考えれば 軽率なことはできないと思い直し、ペルセウスは すぐに冷静になったのだが、それでも彼の心は 大きく弾んだ。 「そのアマランダさんが、子供の頃にはペルセウス様と一緒に遊んだことがあると おっしゃっていました。アマランダさんは、ペルセウス様のお父様と対立したピーネウス様の血縁で、ペルセウス様とは遠い親戚に当たるんだそうです。当時まだ幼い子供だったアマランダさんには罪はないと、前国王のケフェウス様はおっしゃって、お二人が一緒に過ごすことを お許しになっていたそうなんですが、ケフェウス様が亡くなられてからは、カシオペア様に遠ざけられてしまったのだとか」 『私のことは仕様がないと思うのですけど、そんなふうに 自由に友人を持つことも許されず、ペルセウス様はいつも おひとりで、お寂しそうで――』 そう言って、気遣わしげな目で 彼女は幼馴染みの境遇を案じていたと、アンドロメダはペルセウスに教えてくれた。 「憶えている。そうだったのか……」 思いがけなく知ることのできた古い友人の現況。 アンドロメダが知らせてくれた事実は、アマランダが毎日 飾ってくれている可憐な野の花を見ている時 同様、ペルセウスの心を安らげてくれた。 アンドロメダが探し出そうとしなければ、この国の王は 毎日 自室に花を飾ってくれている人の名を知ることさえできなかったのだから、アマランダの行為は、自分のためでもなく、国のためでもなく、欲得でもなく、純粋な優しさから出たことである。 そして、アマランダを探し出して 王の感謝の気持ちを伝えてくれたアンドロメダも、そうすることによって 自身が何らかの益を得るわけではないのに、その労をとってくれたのだ。 そういう素朴で純粋な好意を自分に抱いてくれている人がいるのだと思うと、可憐な野の花を眺めている時より、ペルセウスの心は慰められたのである。 無心に咲く花の向こうに、心を持った人間の優しさがある――これほど嬉しい気付きはない。 「ありがとう、アンドロメダ」 「その言葉、ペルセウス様が直接 アマランダさんに言ってあげれば、彼女は とても喜ぶと思います」 ペルセウスがアンドロメダに告げた『ありがとう』は、アマランダを探し出し、王の謝意を伝え、彼女の現況に知らせてくれたアンドロメダへの『ありがとう』だったのだが、ペルセウスは その誤解を解くことはしなかった。 アマランダの心配りに『ありがとう』を言いたい気持ちも、ペルセウスの中には もちろんあったので。 だが――。 「それは……危険だ」 「……」 対立勢力に属する少女とペルセウスが共に過ごすことを許していたというのなら、前国王ケフェウスは、二人の結びつきによって両勢力の宥和を図ろうとしていたに違いない。 つまり二人は非公式の婚約者同士だったのだ。 そんな娘がペルセウスが近付くことを、あのカシオペアが歓迎するわけがない。 アンドロメダも、あえて その危険を冒せと、ペルセウスに言うことはできなかったらしい。 ひどく残念そうに、アンドロメダは その顔を伏せた。 |