全身を使って不満を表明している星矢を無視して、教皇が謁見の間の奥に姿を消す。
あえて教皇の耳に届くように、星矢は声を張り上げた。
「紫龍! どういうつもりだよ! 瞬を抹殺するなんて、俺は 絶対に……」
「教皇は、俺たちに瞬を守ってくれと言っているんだ。瞬を連れて、逃げろと。だから、こんな早朝、秘密裡に 俺たちだけを ここに呼んだ」
「人間の力では どうにもできないから、アテナの力を借りろということのようだな」
教皇が、アテナの降臨がないことを嘆いていたのは、暗に それを示唆していたのだ。
腹芸ができないゆえに 他人の腹芸を読み取れない星矢は、紫龍と氷河に言われて初めて、教皇の意図を知り、腑に落ちた顔になった。

「なーる。そういうことか。教皇が 超お気に入りの瞬を抹殺しろなんて命令 出すなんて、おかしいと思った」
「教皇は、その肩に聖域を背負っている。軽々しい振舞いはできない。だが、下っ端の俺たちなら、オリュンポスに行って アテナに直訴しても 大目に見てもらえる。たとえ それで不敬の罪に問われても、罰が聖域に及ぶことはあるまい。結局、俺たちに犠牲になれということだが――」
「瞬を守るためなら、それくらい どうってことないぜ」
「うむ。瞬を連れて、すぐに聖域を出よう。聖域が目覚める前に」
先ほどの教皇への激昂を忘れたかのように、氷河が仲間たちを促す。
氷河に、強く 頷きかけた首を、星矢は微妙な角度で停止させた。

「一輝は どーする? いつも通り、どこにいるか わかんねーけど」
「あいつは どうせ、瞬が窮地に陥ったら、すぐに飛んでくるだろう。一輝が来るのを待ってはいられん」
理があり、事実でもあるが、それは どう考えても焼きもちが生ませた言葉。
そんな氷河の態度には慣れていたので、星矢は、その点についての指摘は避けた。
「一輝が来たら、その時が 瞬の ほんとの大ピンチってわけか」
「俺たちが瞬を連れて逃げたとなれば、教皇は、立場上 追っ手を出さないわけにはいかない。教皇は、追討軍の準備は 時間をかけて慎重にしてくれるだろう。俺たちは、追っ手に追いつかれる前にオリュンポスに着いてしまえばいい」
「そういうの、出来レースっていうんだよな」

平和を守るための戦いは、戦わなければならない戦いである。
それは つまり、地上世界に生きる人間として為さねばならぬ抵抗、アテナの聖闘士としての義務。
しかし、瞬を守ることは、したいこと。
それは すなわち、友としての願望。仲間としての欲求。
その違いのせいなのか、星矢はいつもより積極的かつ意欲的。
そして、かなり張り切っていた。


万一の時、聖域と教皇の立場が悪くならないよう、聖衣は聖域に置いて出発することにした。
神々の住まう山――オリュンポス山には、聖闘士の足なら、2、3日で着く。
身軽な方がいいのは 考えるまでもなく、追っ手に追いつかれた時のために、目立たない方がいい。
何より、このアテナ直訴計画が、聖域に関わりなく、瞬の仲間たちによって勝手に行われたことにするために、星矢たちは聖衣を持ってオリュンポス山に入ることはできなかった。

速やかに遂行されなければならない その計画の開始を最も遅らせてくれたのは、よりにもよって、星矢たちが守ろうとしている瞬当人だった。
瞬は、アテナ直訴計画と その目的を知らされると、自分のために 仲間を危険な目に会わせたくないと、星矢たちに訴えてきたのだ。
頼むから自分を見捨ててくれと懇願する瞬に、
「おまえ、なに言ってんだ?」
と、星矢は問い返した。
アンドロメダ座の聖闘士が何を言っているのか、本当に全く完全完璧に理解できていない顔で。
それで、瞬は、星矢に何も言えなくなってしまったのである。
星矢には――アンドロメダ座の聖闘士の仲間たちには――命をかけた戦いを共に戦ってきた仲間を守ることは、どんな理屈もなく、どんな理屈があっても、するのが当たり前のことなのだと知って。






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