「明日は香炉峰に登るぞ。英気を養っておけ」 明日も青銅聖闘士たちを連れまわすつもりでいるらしい老師に就寝の挨拶を告げて、瞬と氷河は 滝川の音に背を向けて歩き出した。 高みから激しく落ち、滝壺で逆巻き、あるいは 穏やかに流れる川の流れを見詰めながら、老師は朝まで彼の仲間たちを懐かしむのだろうか。 今は たった一人で。 老師の その心を思うと、瞬の瞳には また涙が にじんできた。 その涙を隠すために、その場に立ち止まり、夜の空を見上げる。 そこには 東京の空とは桁違いに たくさんの星が輝いていた。 孤独など知らぬげに、大勢の仲間たちと笑い さんざめく星たち。 それらの星たちは、瞬の涙を隠すどころか、瞬の涙を助長するものたちだった。 「僕も……みんなと一緒なら、みんなと一緒に戦えるのなら、どんなつらくても耐えられる。みんなと一緒に戦っていられるのなら、それは喜びでさえある。でも、一人きりで残されてしまったら……。僕は老師のように強くない。僕は耐えられないよ。きっと……」 冷涼な夜の空気。 無情に続く水の流れ。 たった一人で、失われた仲間たちを偲ぶ老師。 仲間たちと共に輝く星々。 すべてが 瞬の心を悲しく締めつける。 この世界には悲しいものしか存在しないのかと 瞬が切なく思った時、瞬の視界から星たちの姿が消えた。 代わりに青い宝石が二つ。 滝音も聞こえなくなり、温かいものが 瞬に触れ、包む。 それは 氷河の瞳と腕と胸と唇で、そうと気付いた時には もう、瞬は氷河に唇を 塞がれていた。 一瞬でもあり、無窮でもあるような時間。 瞬が『なぜ』と問う前に、氷河が その答えをくれた。 「おまえは一人には ならない」 きっと そうに違いないと信じられる氷河の言葉。 「うん……」 氷河の胸の中で、瞬は小さく頷いた。 |