沙織が ナターシャのお披露目パーティの開催を提案してきたのは、ナターシャに新しい友だちができて しばらく経ってから。
瞬と氷河の周辺の聖域関係者は、既に そのほとんどがナターシャと面識がある。
今更 お披露目パーティも何もあるまいと、瞬は思った。
そんなことで沙織の手を煩わせるわけにはいかない――と。
が、瞬が遠慮する前に、その計画の話はナターシャの耳に入ってしまったのだ。

「ナターシャのパーティ!」
ナターシャに大喜びされてしまってから、計画の中止を切り出すことは、瞬にはできなかった。
氷河なら『パーティなんて無意味と無駄の極致』もしくは『俺にフレアバーテンダーの真似事をさせるつもりなら、謹んで遠慮する』と言って 断固拒否してくれるだろうと期待したのだが、パーティのお題目が“ナターシャのお披露目”となると、話は別らしい。

断固拒否どころか。
沙織からパーティの計画を知らされた翌日には、氷河は 気合いを入れてナターシャのパーティ用ドレス選びに取りかかってしまったのである。
そして2日後には、ナターシャと二人で、ドレスを買ってきてしまった。
シルクとシフォンの三段切り替えのあるピンクのミディドレス。
肩と胸元にサテンのリボン。
花のコサージュ。
氷河の少女趣味(氷河のイメージする少女趣味)全開のドレスに、ナターシャは ご満悦だった。

「もうドレスを決めてしまったんだから、今更 中止にはできまい」
真面目な顔で そう言い張る氷河の前で、瞬は深く長い溜め息をついてしまったのである。
氷河の隣りで 心配そうにマーマの返事を待っているナターシャの方が、氷河より よほど分別を わきまえた大人である。
氷河の暴走に押し切られたからではなく、あくまでナターシャのために、瞬は『諾』と答えてやるしかなかった。

「とっても可愛いドレスだね。ナターシャちゃんに、すごく似合ってる」
マーマのOKをもらうと、ナターシャは 大輪の花が咲くように ぱっと明るく顔を輝かせた。
握りしめていた氷河の手に、ぎゅっと力を込める。
この父娘共同戦線を、瞬は これまで ただの一度も突破できたことがなかった。
「でもね。ドレスが可愛くても、お行儀が悪いと、せっかくのドレスも台無しだから、パーティでは お行儀よくしてなきゃならないよ。ナターシャちゃんは お行儀よくできるかな?」
「ナターシャ、お行儀よくデキルヨー」
ナターシャの美質の一つは、“よい子のお返事”を、お返事だけで済ませないところである。
瞬に『お行儀よく』と言われれば、ナターシャは その言いつけを必ず きちんと守った。
その点、氷河と違って ナターシャは信用が置ける。

ナターシャの日頃の行ないに免じて、瞬はナターシャのお披露目パーティの開催と出席を許可することになった。
ナターシャに嬉しそうな笑顔を向けられると、結局 瞬も 嬉しい気持ちになってしまうのだ。
そのナターシャは、まだまだ心配事が尽きないようだったが。
「マーマ、ナターシャはダンスは覚えなくてもイイノー?」
ナターシャのパーティのイメージは、シンデレラ姫の舞踏会らしい。
舞踏会に行けることが決まり、ドレスの準備も万端。
カボチャの馬車は、パパが用意してくれるだろう。
となれば、次の問題は ダンスを上手に踊ることができるかどうか――ということになるらしい。

「ダンス? ダンスなら、氷河が得意だよ」
瞬は、さすがに その問題(?)は、氷河に丸投げさせてもらったのである。
氷河は 微かに こめかみを引きつらせたが、彼は それ以外には 動じた素振りは見せなかった。
あくまでもクール(氷河のイメージするクール)のポーズをキープしつつ、訳知り顔で 彼はナターシャの説得に当たる。
「おそらく ナターシャはダンスを踊っている暇はないだろう。皆がナターシャを可愛いと褒めてくれるから、ナターシャは『ありがとう』を言うのに忙しいに決まっている」
「ソウナノー?」

ナターシャは、そういう事態は考えていなかったようだった。
ダンスは踊ってみたいが、『可愛い』と褒めてくれる人には ちゃんと『ありがとう』を言わなければならない。
マーマに『お行儀よくできる』と約束したばかりだったナターシャは、素直に氷河に丸め込まれてくれたのである。
氷河も賢くなったものだと、氷河の成長ぶりに 瞬は大いに感心したのだった。






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