皆が城戸邸に起居していた頃と違って、大人になった瞬の仲間たちは、関東圏に それぞれの住居を構えている。 皆が集まりやすい場所を考慮して、沙織は ナターシャのお披露目パーティ会場に RCホテルのスカイホールを確保してくれた。 ナターシャのために来てくれるゲストに 不味い酒は飲ませられないというので、ホスト兼バーテンダーの役を買って出た氷河は、その準備に余念がなく、彼にしては勤勉に朝から忙しそうに立ち働いている。 逆に パーティ開始の時刻まで することのなかった瞬は、ホテルのロビーラウンジで ナターシャと一緒にゲストの到着を待つことにしたのだった。 そこで、ナターシャに、 「マーマ、何を見てるの? 誰を待ってるの?」 と問われて初めて、瞬は自分が誰かを待っていることに気付いたのである。 そして、それが誰なのかということにも。 「兄さんが 来てくれないかなあと思って……」 招待状を出していない(出しようがない)のだから、一輝が やってくるはずがない。 たとえ招待状を出すことができていても、あの兄がパーティなどというものに喜んで来てくれるはずがない。 それは わかっているのだが、それでも『もしかしたら』と期待してしまうのは、瞬が兄の神出鬼没ぶりを知っているからだったかもしれない。 「マーマ」 いつも“イッキニイサン”に待ちぼうけを食わされている瞬を知っているナターシャは、 「キキとイチが いっぱいビデオを撮ってくれるって。あとでイッキニーサンに見せてあげようネ」 と言って、瞬を慰めてくれた。 「そうだね。そして、ナターシャちゃんのこと、いっぱい『可愛い』って褒めてもらわなきゃ」 あの兄に ホームビデオ鑑賞を強要し、その感想を求める。 それも楽しいかもしれない。 そう思うことで瞬が気持ちを浮上させた ちょうどその時、エントランスホールに 辰巳を従えた沙織が登場した。 一度しか会ったことがなく、聖闘士でもないナターシャにも、沙織の気配は 感じ取れるらしい。 沙織が特別な人だということは、ナターシャにも わかっているようだった。 「サオリサンだよ、マーマ。サオリサーン!」 掛けていたソファから立ち上がって、ナターシャが沙織の方に駆け出す。 途中で、瞬に『お行儀よくデキル』と約束したことを思い出したのか、ナターシャは 駆け足を早足に変えた。 「サオリサン、コンニチハ」 ナターシャが、お姫様ふうにドレスの裾を摘まんで、沙織にお辞儀をする。 沙織は小さな王女様を見て、あでやかに微笑した。 「まあ、ナターシャちゃん、可愛いらしい。お姫様みたいね」 「アリガトウ! サオリサンはメガミサマみたいダヨ! パパとマーマの次にキレイー」 「ナ……ナターシャちゃん……!」 ナターシャの とんでもない挨拶に、ナターシャに『お行儀よく』と言っていた瞬の方が 取り乱し、慌てふためくことになった。 「すみません、沙織さん!」 「謝ることはないわ。本当のことですもの」 「ナターシャの褒め言葉は、いつも“パパのマーマの次に”だからな」 沙織の すぐ後ろから、紫龍一家が姿を現わす。 「俺と春麗は、パパとマーマの次にお似合いだそうだ」 瞬が夜勤で、氷河も仕事を休めない時は、ナターシャを預かってもらっているので、紫龍一家とナターシャは昵懇である。 氷河の分も社交的なナターシャは、翔龍を褒めることも忘れなかった。 「ショーリュークン、パパとマーマの次にかっこいいヨー」 ナターシャより 年上だが、ナターシャより大人しい翔龍は、照れたように小さな声で、 「ナターシャちゃんも可愛い」 と言って、ナターシャを喜ばせてくれた。 「ワタシは、パパとマーマの次にイケメンって言われたザンス。ものがわかってる子ザンス」 「俺なんか、パパとマーマより いっぱい ご飯を食べるって言われたぜ。なーんか全然 褒められた気がしない」 更には、市に星矢。 RCホテルのエントランスホールには、ナターシャのお披露目パーティ主席者が続々と集まってきていた。 「パパとマーマより? それは新しいな」 「褒めたにキマッテルヨ。星矢お兄ちゃんはスゴイヨー」 紫龍とナターシャのフォロー(?)は、星矢を実に珍妙な顔つきにした。 「なんで 一輝が ここにいないんだよ。ナターシャが一輝のこと、どう言うのか聞きたいのにさあ」 星矢の悔しそうな ぼやきに、その場にいた全員(沙織含む)の顔が 一瞬 引きつったのは、おそらく彼等が それぞれに、一輝に対するナターシャの褒め言葉を想像してしまったからだったろう。 更には、その言葉への一輝のリアクションを。 『パパ(とマーマ)の次に○○』 『○○』の中に どんな形容が入っても、氷河の次席に置かれることになった一輝が、ナターシャに大人の振舞いを見せるとは思えなかったのだ、誰も。 もしかしたら、その場で最も危険で過激な『○○』を思いついてしまったのかもしれない沙織が、自分の思いつきに慌て、その思いつきを振り払うように、皆に移動を促した。 「ホ……ホールの方に行きましょう。ナターシャちゃんを褒めてもらおうと、氷河が 手ぐすね引いて待っているわよ」 「あ……ええ、きっと。会場は53階です」 ナターシャの手を取った瞬が、空いた手の方でエレベーターホールを指し示す。 その段になって、瞬は、広いエントランスホールの片隅に 見覚えのある ご婦人たちが たむろしていること、そして、ナターシャお披露目パーティの出席者たちを窺い見ていることに気付いたのである。 公園の“上流”ママ友集団。 エントランスホールで盛り上がっている奇妙な団体の中心に、彼女等の生息地である公園で見掛ける少女がいることに、彼女等はびっくりしているらしい。 ランチには遅い時刻なので、このホテルのカフェで これからアフタヌーン・ティーを楽しむつもりなのかもしれない。 こんなところまで遠出をしてきているのだと少々 驚き、彼女等の子供たちはどうしているのだろうと、他人事ながら心配もし――瞬は軽い会釈だけをして、彼女等の前を通り過ぎた。 パーティの間中ずっと、ナターシャは 楽しそうで幸せそうだった。 ナターシャは、氷河の予想通り、パーティの出席者たちに 100回は『可愛い』と言われ、100回は『ありがとう』を言った。 『ありがとう』を幾度も口にできることは、幸せなことである。 おそらく『可愛い』を100回 言ってもらえることよりも。 ナターシャを褒められて、氷河も ご機嫌。 氷河は、機嫌がよくなれば よくなるほど『表情を緩めてはならない』という意識が働くのか、より無表情になっていくのだが、パーティの出席者たちは皆、氷河のそんな性癖を心得ている。 そこに加えて、ナターシャの明るさ、社交性。 ナターシャのお披露目パーティは 大盛況。 ナターシャは、彼女のパパの不愛想を補うように、終始 満面の笑顔だった。 |