かくして、神託が下った日から5日後。
四人の王は、神託通りに 深い眠りに就いたのである。
瞬が四つの国を渡り歩かなくても済むように、聖域の万神殿の広間に四台の簡易寝台を運び込んで。
氷河の注意に従ったわけではないのだが、瞬は四人の王の額に、彼等に目覚めを促す口付けをした。
そうして、全く深刻でないように思われていた事態は 一気に深刻なものになったのである。


深刻な事態。
この場合の“深刻な事態”とは 当然のことながら、王が目覚めないという事態を言う。

王は目覚めなかった。
瞬の口付けを受けても。
それも ただ一人だけ。
瞬の兄、星矢、紫龍の永遠の眠りは、馬の昼寝時間よりも短いもので終わったのだが、氷河だけは瞬の口付けを受けても目覚めることがなかったのだ。


一輝、星矢、紫龍、氷河の順で、瞬は目覚めの口付けをしたらしい。
最初の三人は、瞬が口付けするや否や、すぐに瞼が動き出し、あっという間に目覚めたらしい。
だが 氷河だけは、全く無反応。
永遠の短い眠りから目覚めた三人の王は、『どうして氷河だけが目覚めてくれないのか、わからない』と、真っ青な頬をした瞬に訴えられて、さすがに慌てることになったのである。

「んなアホな」
それは、瞬が氷河を愛していないということなのか。
瞬が清らかでないということなのか。
瞬が我欲を抱いて、王たちに接しているということなのか。
その いずれも、星矢たちには考えられないことだった。
「あれだろ。氷河は、唇にキスしてほしいんだろ。こいつの瞬への恋着は、神託より強い力があるんだよ。氷河は我欲だけの男だし」
他の三国の王は起床して活動を始めているというのに、一人だけ 呑気に眠りこけている氷河の頭を軽く殴って、星矢が毒づく。
一輝は反対したが、星矢に そう言われた瞬は、氷河の唇に二度目のキスをした。

しかし、氷河は目覚めない。
氷河は、それでも目覚めなかった。
事ここに至って、一輝までが顔を強張らせることになった。
瞬は ほとんど泣き顔で、星矢は 今度は手加減をせずに思い切り氷河の頭を殴りつけた。
「こら、氷河! ふざけてんな! 寝た振りは やめて、早く起きろ! 起きないと、俺が瞬にキスするぞっ!」
殴るだけでは飽き足りなかった星矢が、これ以上 有効な脅しはないという脅しを口にしても、氷河は 相変わらず熟睡状態。
恋の相手を 瞬からヒュプノスに鞍替えしたかのように、氷河は彼の眠りを手放そうとしなかった。

「ど……どうして……? 僕、氷河が好きだよ? 氷河と氷河の国の民に幸せになってほしいと思ってる。僕の心が汚れてるから? 僕の中に、何かよくない気持ちがあるの?」
なぜ氷河を目覚めさせることができないのか、瞬にはわからなかったのである。
氷河以外の国の三人は目覚めさせることができたのに、なぜ氷河だけが目覚めてくれないのか。
誰一人 目覚めさせることができなかった方が、むしろ瞬の混乱は小さかったかもしれない。
誰も目覚めさせることかできなかったなら――王たちが目覚めない理由は明白なのだ。

「俺たちが目覚めてるんだから、瞬の心が汚れてるってことはないだろ。瞬が氷河を嫌ってるってことも――」
「それなら俺は、氷河と 角突き合わせることなど しとらん」
「ご尤も」
氷河が どれほど瞬に恋慕しようと、瞬が氷河を嫌っているのなら、一輝は どんな憂いもなく 氷河のしたいようにさせておくのだ。
瞬は その花のような風情を裏切って、ギリシャ世界では五指に入る手練れ。
瞬の意思に反して、他人が どうこうできる相手ではない。
瞬が氷河を嫌っていないからこそ、一輝は懸命に 瞬の側から氷河を排除しようとしていたのである。
瞬が氷河を嫌っていることは考えられなかった。
それ以上に、氷河への瞬の好意が無償のものでないということも考えられない。

「瞬が氷河に どんな見返りを求めるというんだ。こう言っては何だが、あの氷河に どれだけ優しくしてやっても、瞬は どんな報いも期待できないぞ。氷河に対する瞬の好意や親切は、どう見ても 滅私のものだ」
「だよなー。誰よりも氷河に対して、瞬は無欲だったはずだ。絶対に いい報いなんか 期待できないんだから」
だが、氷河が目覚めないのは事実なのだ。






【next】