「“瞬が男だから”なんていう しょーもない理由で、おまえが 瞬を諦めるっていうんなら、俺も何も言わないけどさあ。“自分は幸せになっちゃいけないと思うから”なんていう、超糞くだらない理由で、おまえが 瞬を遠ざけるってんなら、俺としては そんな馬鹿とは友だちでいたくないから、考え直せって言うしかないわけ。おまえを頭のいい男だと思ったことはなかったけど、ここまで馬鹿だったとは、さすがの俺も、畏れ入って、目ん玉ぽーんだぜ!」 俺が 瞬とのやりとりを星矢に告げると、星矢は その言葉通り、本当に顔から目玉が飛び出るんじゃないかと思うほど 目を大きく見開いて、俺を馬鹿だと断じてくれた。 俺は 俺の不幸主義を瞬に押しつける気はないし、そんな事態は絶対に避けたいから、真面目に 相談したっていうのに、星矢の この冷笑主義ならぬ嘲笑主義は何なんだ。 俺は 腹の底から むっとしたが、星矢は相変わらず、馬鹿を見る目を俺に向け続けた。 「おまえが おまえのマーマたちを不幸にしたって言うのなら、その分、他の誰かを幸せにすることで帳消しにすればいいだけのことじゃん。それが瞬でも、何の問題もないだろ。おまえに瞬は もったいなさすぎるけど、それはまた別の問題だ」 星矢は いつも通り前向き。 こいつは、いつも前向き。 そういう生き方ができない人間もいるんだってことが、星矢には わからないのかもしれない。 「それでは駄目だ。瞬が 俺のせいで幸せになると、俺まで幸せになってしまう」 「それは どこから出てきた理屈だよ? っていうか、それって、最初の前提が間違ってるだろ。そもそも、おまえのマーマは、おまえが不幸でいることを喜ぶのか?」 「そんなことはない」 「だよな。おまえが不幸にしたっていう人たちが、おまえが不幸でいることを喜ぶような人間なら、おまえは その人たちに罪悪感や負い目を感じる必要もないわけで、だったら、おまえは幸せになる以外に 生きようがないだろ。自分が不幸でいなきゃならないなんてのは、おまえの勝手な思い込み。おまえが不幸でいれば、おまえのポカが なかったことになるわけでもないし、してみると、おまえが不幸でいることは、単に おまえの自己満足にすぎないんだよ」 「それは理屈だ。感情は理屈で片付けられない」 そう。これは理屈じゃない。感情の問題なんだ。 たとえば 俺が星矢の姉の命を奪ったとする。 その罪の償いに、瞬を幸せにして 俺自身も幸せになったら、星矢は それで俺の罪を忘れて、俺の幸福を祝福してくれるのか? 星矢なら そういうこともないとは言い切れないが、普通の人間は 違うだろう。 死んだ人を生き返らせることができないなら、贖罪は、俺が俺の犯した罪を永遠に忘れず、自分の犯した罪のせいで不幸でいることだけだ。 俺が幸せでいたりなんかしたら、星矢みたいに特殊な人間は いざ知らず、普通の人間は、 『俺の姉さんを殺しておきながら、あいつは楽しそうに笑っている!』 と 悲憤慷慨することになるんだ。 それを感情の問題だと告げた俺に、星矢は、 「氷河。おまえ、まじで馬鹿だろ。不幸に酔ってラリって 浮かれてる馬鹿。俺より馬鹿。最低最悪の馬鹿」 ご丁寧に、4回も“馬鹿”を繰り返してくれた。 否定はできないので、しなかったが。 そんなふうに 星矢が『俺 = 馬鹿』の結論に至ると、次に乗り出してきたのは紫龍だった。 理屈で攻めてきた星矢に対抗して(?)、紫龍が持ち出してきたのは感情論。 いつもと逆だな。 「そんなに不幸でいたいのなら、それが おまえの幸福なのだろうから、止めはしないが……。瞬に愛されても、おまえは幸せにはなれないぞ。瞬にとって 最も大切な人は一輝だ。おまえが どれほど瞬に愛されても、瞬の いちばんにはなれない。常に2番目という立ち位置は、考えようによっては、嫌われていることより不幸だろう」 紫龍は そう言って、見事に俺の感情を逆撫でしてくれた。 こいつは 俺の逆鱗の ありかを心得ている。 「一輝のどこに、瞬にそこまで愛される価値があるというんだ !? 一輝は、自分の都合で勝手に瞬の敵にまわるような男だぞ。奴は 無抵抗の瞬に拳を向けることさえした!」 紫龍の言い草に、俺は激昂した。 俺はクールな男じゃない。 クールな男は、『クールであれ』と自分に言い聞かせるようなことはしない。 だから もちろん、俺はクールな男じゃないんだ。 「でも、瞬は許すからなぁ」 星矢が紫龍に加勢して、それでなくてもクールじゃない俺を更に いきり立たせる。 クールというなら、紫龍の方が 俺より はるかにクールだった。 「瞬は、幼い頃から一輝に庇われ守られてきた。自分が今 生きていられるのも 一輝のおかげ。瞬はそう考えている。当然といえば当然だろう」 「一輝なんかより、俺の方がずっと……」 俺の方が ずっと瞬を好きでいる! 一輝が瞬に敵対した時も、俺はずっと瞬の味方だった! ――と、俺は まだ言葉にしていなかったのに、俺が口にしようとした言葉を先取りして、星矢は俺の主張を否定してくれた。 「おまえが どんなに瞬を好きでも、一輝には絶対に敵わないんだよ」 理屈抜きの決めつけ。 星矢は感情論も得意か。 それに比して、俺は感情だけの男だ。 「絶対なんてものが、この世に存在するか! 一輝なんかより、俺の方が絶対に――」 「絶対に 何だって?」 そして、紫龍は感情論より、揚げ足取りが得意な男。 取られるように足を揚げる方が愚かなんだってことは わかっているから、俺は黙り込むしかない。 「自分なら瞬を幸せにできると考えているのなら、それは おまえの考え違いだ」 紫龍の澄ました顔が癪に障って仕方がなかったが、ここで へたに口を開くと、俺は藪を突いて蛇を出すことになるんだ。 黙っていても、紫龍は 次から次に 俺に向かって蛇を放り投げてきたが。 「それは瞬が決めることで、おまえが決めることではない。おまえの言う通り、この世に絶対などというものはない」 そもそも こいつ等に相談した時点で、俺は既に藪を引っ掻きまわしていたんだ。 それは、相談の体を装った 瞬説得依頼だったから。 俺は最初から、自分で事態を解決する気はなかった。 それだけじゃなく、俺は、俺が瞬にしたことを星矢たちに告解することで、瞬に悲しい目をさせた自分の罪を軽くしようとしていたんだ。 要するに責任逃れだ。 こいつ等は、俺の卑怯な考えを見透かしているから、俺に容赦がない。 これだけ馬鹿な俺を、それでも 仲間だと思っているから、こいつ等は 俺に 言いたいことを言いまくってくれるんだ。 「おまえは瞬を不幸にするかもしれないし、おまえ自身も、瞬のせいで不幸なるかもしれない。ある意味、おまえの希望通りに」 「おまえの言う通り、確かに この世に“絶対”なんてものはないんだろうさ。でも、だから、挑戦することに意味や価値があるんだろ」 いつも能天気に まっすぐなことしか言わない星矢が、いつも通りに 能天気で まっすぐなことを言う。 そして、いつも 糞真面目な顔をして ふざけたことを言う紫龍が、いつも通りに 糞真面目な顔をして ふざけたことを。 「俺たちの願いである 地上の平和も、絶対に実現するとは限らない。人間に対するアアテナの愛も永遠不滅のものとは限らない。瞬の優しさや強さも 絶対のものではないかもしれないぞ」 本当に ふざけている。 「まさか。瞬は絶対に……」 つい 我慢しきれず 反駁しかけた俺は、ぎりぎりのところで言葉を途切らせることができた――のか? とにかく 俺は、今度こそ絶対に余計なことは言うまいと決意して、唇を きつく引き結んだ。 そうなれば そうなったで、星矢は 自分の言いたいことを言い募るだけだったが。 「絶対じゃないから、諦めて、厭世的に生きるってのか? おまえ、アテナの聖闘士の異名を知ってるか? 希望の闘士っていうんだぞ」 ああ。 おまえは 本当に、真夏の真昼の太陽みたいに、うんざりするほど前向きで真っ当だ。 翳り一つなく 明るくて強くて、俺みたいに虚弱体質の人間には、逆に 毒でしかない。 俺だって――理屈ではわかっているんだ。 だが、感情では受け入れられない。 俺だけが幸福になることを、俺自身が許せない。 自分で自分を馬鹿だと思う。 だが、利口になれないんだ。 それに――どちらにしても、これから まもなく 聖域最大の戦いが始まる。 もしかしたら、それは、俺がアテナの聖闘士としての責務を果たしつつ、俺の命で 俺の犯した罪を贖うことができるかもしれない絶好の機会。 希望という名の未練は抱かない方がいいんだ。 俺は、希望なんて悪い夢に酔って、罪を償う機会を失いたくない――命を惜しみたくない。 |