「は……?」 カミュの言うことは、相変わらず わかりにくい。 瞬は、微かに眉をひそめた。 「お酒が飲めない――って……。だって、あなたは、ガニュメデスの姿を象った水瓶座の黄金聖闘士で、カミュという名は 有名な酒造メーカーのブランド名ですよ?」 瞬がカミュに そう応じたのは、瞬が冷酷で残酷な人間だからでは、決してない。 瞬は優しく 清らかな心を持ち、その小宇宙の第一の特性は“温かさ”。 冷酷や残酷は、瞬の辞書には載っていない。 瞬は ただ、カミュの語った“問題”が あまりにも思いがけなくて、ほとんど反射的に、カミュに そう反問してしまっただけだった。 人間が酒に強いか弱いかを決めるのは、名前でも、まとう聖衣の星座でもない。 それは、瞬とて承知していた。 人が酒に強いか弱いかを決めるのは、アセトアルデヒドを分解する能力の高低を決定する遺伝子である。 すなわち、ALDH2遺伝子 rs671――アセドアルデヒド脱水素酵素――の内容による。 日本人(モンゴロイド)は、アセトアルデヒド分解能力の低い遺伝子を持つ者が45パーセント、分解能力皆無の遺伝子を持つ者が5パーセント。 それに比して、コーカソイドやネグロイドには、アセトアルデヒド分解能力の低い遺伝子を持つ者は存在しない。0パーセント。皆無にして絶無。 生粋のフランス人であるカミュが酒を飲めないというのは極めて珍しい。 誤解を恐れずにいえば、“あり得ないこと”だった。 しかし、 「飲めんのだ……」 と呻くカミュは 嘘を言っているようには見えない。 人が、酒に“強いか弱いか”を決めるのは遺伝子である。 だが、人が酒を“飲めるか飲めないか”という事柄には、心理的 経験的な要因が関わってくるだろう。 コーカソイドであるカミュが酒を飲めないはずがないと断じることは、瞬にはできなかった。 そういうこともあるのかもしれない。 「飲めるようになってからでないと、私は氷河の師として 氷河の前に姿を見せられない」 「そんな……」 それは もちろん――大人になった氷河は、自分の作った酒をカミュに飲んでもらえたら 嬉しく思うだろう。そして、大いに喜ぶだろう。 だが、もし それが叶わなかったとしても、決して師に失望するようなことはあるまい。 氷河には、カミュと再会できることに勝る喜びはないのだ。 だというのに、カミュは、 「酒が飲めないままなら、私は氷河の敵にまわるしかない」 と、とんでもないことを言い出した。 実に馬鹿げた――瞬にとっては、あまりに馬鹿げた――ことを、真顔で言い募ってくれたのである。 カミュは何を言っているのだろう。 瞬は目眩いがした――比喩ではなく、本当に目眩いに襲われた。 カミュが氷河の敵にまわる。 それは避けたい――洒落ではなく、真面目に避けたい。 どうあっても その事態を、瞬は避けなければならなかった。 不幸中の幸いと言うべきか。カミュにも、その事態を避けたいという思いはあるようだった。 そして、彼もまた、(一応)諦めの悪さを身上とするアテナの聖闘士。 努力もせずに諦めることは不本意らしい。 「アンドロメダ――バルゴ――瞬。私が酒を飲めるようになるよう、特訓してくれ。ちょうど 君も 酒の特訓中だと聞いた。どのような特訓をしているのか、私に教示してくれ。そして、私を酒が飲めるようにしてほしい」 「あ……それは……」 諦めの悪さを身上にしているアテナの聖闘士にあるまじきことだが、瞬は その件に関しては、実は既に諦めてしまっていた。 以前は、兄と酒を飲めるようになりたいと願い、その特訓をしていたのだが、今は ナターシャと同じものを飲めれば十分と思っている。 氷河も最近はそれでいいと――その方がいいと考えている節があった。 瞬が兄のために飲酒の特訓をすることは、氷河には あまり愉快なことではないらしい。 だが、カミュには 何としても 酒を飲めるようになってもらわなければならない。 飲めるようにならなければ、カミュは 本当に氷河の敵にまわるだろう。 どれほど理を分けて説いても無駄。 氷河を見ていればわかる。 水瓶座の黄金聖闘士は、理屈では説得できない男たちなのだ。 |