氷河のために、瞬は、何としてもカミュに酒を飲めるようになってもらわなければならなかった。
そのためになら、どんなこともする。
カミュの飲酒特訓に協力することも やぶさかではない。
やぶさかではないのだが。

その特訓を、まさか 氷河の店で行なうわけにはいかない。
かといって、家で飲むわけにもいかない。
なにしろ、氷河と瞬は同じマンションに住んでいて、氷河もナターシャも自由に瞬の家に行き来している。
飲酒特訓で カミュが酔いつぶれてしまったところに、氷河やナターシャに やってこられたら、その時点でカミュの秘密特訓は 氷河の知るところとなるだろう。
“氷河の前で、恰好よく決める”ことが、カミュの願い。
その願いが 叶わぬものとなれば、カミュは自棄になって、本気で敵方に まわってしまいかねないのだ。

となれば、カミュの飲酒特訓は外で行なうしかないのだが、瞬は、夜は仕事に行っている氷河に代わってナターシャを見ていなければならない。
結局、瞬は、自身の休日や 氷河の店が休みになる日曜の夜の時間を、カミュの特訓に充てなければならなかった。
場所は もちろん 押上を避けて、銀座や六本木のホテルバーである。

人種的に(体質的に)カミュが酒を飲めないわけはないのだから、アルコール度数の低いカルアミルクやカンパリオレンジ、スプモーニあたりから徐々に慣らしていけば、早晩 カミュはウィスキーをストレートで飲めるようにもなるだろう。
瞬は、そう考えていた。
考えていたのだが。

特訓初日に行った六本木の某ホテルのバーで、カミュは、アルコール度数7、8度前後のスプモーニを一口飲むなり――もとい、舐めるなり――「苦い」と言って顔をしかめ、その更に1分後には「気持ちが悪い」と言い出してくれたのである。
聞けば、カミュは、ビール(アルコール度数5度前後)を一口飲んだだけでも 気分が悪くなるらしい。
試しにシャンディ・ガフ(アルコール度数2.5度前後)を飲んでもらってみたのだが、カミュは グラス5分の1でギブアップ、苦しそうに胸を押さえ、やがて目が虚ろになってきた。

瞬は 思わず、
「う……嘘でしょう……?」
と、声を上げてしまったのである。
瞬でも、ビールくらいは何とかなる。
その半分のアルコール度数のシャンディ・ガフで苦しむようでは、ウィスキーのストレートなど、10年経っても夢のまた夢である。
それとも、そこは気合い もしくは小宇宙で 何とかなるのだろうか。

幸か不幸か(不幸だろう)、カミュは意欲だけはあった。
無駄に たくさんあった。
カミュは、“氷河の前で、恰好よく決める”ための努力を惜しむつもりは毫もないらしかった。
とはいえ、これは、カミュだけでなく瞬も 相当の覚悟を決めて挑まないと乗り越えられない試練である。
『気持ちが悪い』『吐きそうだ』と言いながら、カミュの酔いは全く顔に出ない。
つまり 彼は、体質的には“飲める人間”なのだ。
こういう人を どうやって鍛えればいいのか――。
幾人かの同僚医師にも意見を仰いでみたのだが、瞬は、『遺伝子的に飲めるタイプなのであれば、場数を踏むしかない』という答えをしか得られなかった。
おかげで 瞬は、空いた時間のほとんどすべて、時には 『急患が入った』と氷河に嘘までついて、カミュの飲酒特訓に 付き合う羽目になってしまったのである。






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