カミュの懸念は、全くの的外れというわけでもなかったようだった。
実際に 氷河は、“カミュが酒を飲めない”という事態を考えたこともなかったらしい。
何といっても、酒造メーカーの有名ブランド名を冠した水瓶座の黄金聖闘士。
酒豪でなくても スマートな酒飲みなのだろうと 思い込んでいた節が、氷河にはあった。
無論、氷河は、それで恩師に幻滅するようなことはなく、すぐに、
「酒など飲めなくても……!」
と、苦渋に満ちた呻き声を洩らすことになったのだが。

「僕もそう言ったんだけど……。カミュ先生は、お酒を飲めないのは、氷河の師として、男の沽券にかかわるって言って、僕の言うことを聞いてくれないんだよ」
「今時、ノンアルコール飲みも多いのに」
以前は、ノンアルコールカクテルを軽視するきらいもあったが、ナターシャと暮らすようになってから、氷河の認識は大きく変わっていた。
ナターシャのために――最近の氷河はノンアルコールカクテルの研究に余念がなく、その中でナターシャや瞬の評価が高かったものは 店のメニューに加えている。
それが、女性客は言うに及ばず 男性陣にも好評で、今では氷河の店の売上の3割は ノンアルコールカクテルが占めているほどなのだ。
アルコールの作用に頼れない分、味がものを言うノンアルコールカクテルの世界は厳しく、その開発考案は至難――というのが、最近の氷河の口癖だった。

「パパのセンセイ、お酒 飲めないの? だったら、ナターシャとマーマと一緒に、お子様カクテル 飲めばいいのにネ」
「ほんとだよ」
ナターシャは、どうして こんなに賢いのだろう。
カミュとの秘密特訓のせいで蓄積されていた疲れが、ナターシャの合理的思考に触れたおかげで、瞬時に霧散する。
瞬は、賢いナターシャを抱き上げ、その頬に頬擦りした。
ナターシャが、嬉しそうな笑顔になる。

「カミュ先生は、シュラさんのお師匠様の以蔵さんみたいに、カッコよく決めたいんだって」
「恰好など……。俺は我が師に もう一度 会えるのなら、それだけで――」
言いかけた言葉を、氷河は、
「もう一度 会えて、戦わずに済むのなら、それ以上のことは望まんぞ」
と言い直した。
「うん」
そうなのである。
そこが肝心なのだ。
師弟の再会が成っても、それが敵対し合う者としての再会では、全く喜べない。

「今日も特訓のために会うことになってるから、説得してみるけど……」
「頼む、瞬。おまえだけが頼りだ!」
「マーマ、頑張っテー !! 」
その日、瞬は、氷河とナターシャの熱烈な激励を受けて家を出たのだが、二人の期待に沿える自信は、瞬には 実は あまり――ほとんど なかった。






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