「僕がナターシャちゃんを守るのは、ナターシャちゃんに幸せになってほしいからだけど、僕が そう願うのは、ナターシャちゃんが幸せでいることが、氷河の幸せでもあるってわかっているからだよ。ナターシャちゃんが優しい子に育つことが、氷河を喜ばせることだと思うから」
「それは そうだろうが」
「ナターシャちゃんを悲しませ 苦しませるものは、氷河を悲しませ苦しませるものだ。僕は、そういうものとは断固として戦う」
「あの氷河のために、よくまあ そこまで――って、正直、俺なんかは思うけど」

幼い子のいる家庭を案じ気遣ってくれる仲間たちに、事の顛末と 今後の対応方針 及び 決意を伝えた瞬への 星矢たちの反応は、妙に薄かった。
とはいえ、それは星矢と紫龍が薄情だからではなく、彼等が瞬たちの家庭に関心がないからでもなく――要するに、そんなことを熱く語られても、彼等は反応の示しようがなかったのだ。
ナターシャのためというのなら ともかく、氷河という一人の成人男性のために そこまで熱く戦うことを、瞬と一緒に決意する気にはなれない。
そんなことをするのは、過干渉レベルの余計なお世話だろう。

「その決意は 実に結構なもんだと思うけどさ。それは 俺たちじゃなく氷河当人に 直接 言ってやればいいじゃん。1日に5回は多すぎるから、1ヶ月に1回くらい」
「うむ。それで ナターシャは、マーマがパパを嫌っているかもしれないと誤解することもなくなるし、自分が一人ぽっちで放り出されるかもしれないと不安がることもなくなるし、氷河は おまえに愛されていることを確認できる。いいこと尽くめではないか」
「そうそう。んなこと、俺たちに宣言されたって困るよなー。それは やっぱり、氷河にさあ」
「それは嫌」
「なんで」
「恥ずかしいじゃない」
「はあ?」
「いい大人が――もう10年も20年も一緒にいるのに、恥ずかしくて、今更 そんなこと言えない」

ここで『俺たちには言えるくせに』と突っ込んではいけないのである。
それは 星矢も紫龍も承知していた。
そんなことをすると、我にかえった瞬は、氷河以外の仲間たちの前でまで 羞恥心を発動してしまうのだ。
「今更でも何でも、言ってやれば、氷河は喜ぶぞ。泣いて喜ぶか、無表情で内心 狂喜乱舞するのかは、俺にも わかんないけど」
「氷河はオーバーアクションの時と、クールに恰好をつけようとする時とで 両極端だから、どちらでくるかは、俺にも わからないな」
そうして 喜ばせ、浮かれさせておけば、今後の氷河の操縦が容易になる。
瞬のために、星矢と紫龍は そうすることを瞬に勧めたのだが、瞬の答えは、
「それが恥ずかしいの」
だった。

意地を張っているのではなく、本当に恥ずかしいと思っているらしく(もう10年も20年も一緒にいる相手に!)、瞬は うっすらと頬を朱の色に染めてさえいる。
突然 時間が10年も20年も逆行したような錯覚に襲われて、星矢は 瞬の その様子に妙な感動を覚えてしまったのだった。
「瞬。おまえさ。おまえ、ほんとに変わってないっていうか、ガキの頃のままっつーか、変なところで間違った方に潔癖っつーか、純情っつーか」
「何とでも言って」

氷河のオーバーアクションと クールもどきの切り替えスイッチが どこにあるのかも わかりにくいが、瞬の大人モードと 純情モードの切り替えスイッチの ありかも 実に わかりにくい。
わかりにくいが――そんなふうに わかりにくい二人だからこそ、いつまでも落ち着いてしまうことができずに 恋が長続きしているのかもしれないと、少々 呆れながら 星矢たちは思ったのだった。






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