「シアワセって なぁに?」
薄桃色の小さな桃の花が咲いてる木の下で、パパとマーマに ナターシャは訊いたノ。

悲しくないこと?
寂しくないこと?
苦しくないこと?
素敵な おうちがあること?
綺麗なお洋服を着ていられること?
毎日 おいしい ご飯が食べられること?

あの頃、ナターシャは何度も、テレビやパソコンで、おうちのない人や ご飯を食べられない人たちのニュースや動画を見てた。
そういう人たちは 大抵、すごく悲しそうな目をしてて、ほんとに泣いてる人もいた。
でも、笑ってる人もいた。
おうちをなくしても、ママに抱っこされて にこにこしてるナターシャより小さな子もいた。
食べ物が足りなくて毎日 大変だけど、おにぎりを分けてくれる人もいるって、嬉しそうにしてる おばあちゃんもいた。
綺麗な お洋服を着てるのに、私は一人ぽっちだって言ってる お姉さんもいた。

ナターシャ、よく ワカラナカッタんだよ。
シアワセって何なのか。
パパが、ナターシャをシアワセにするって言ってるんだから、それは とってもイイコトなんだっテ、それだけは わかってたケド。

「シアワセって なぁに?」
ナターシャが訊くと、マーマは、
「大好きな人がいることだよ」
って言った。
薄桃色の桃の お花みたいに笑って言った。
シアワセな人っていうのは、『誰が好き?』って訊かれた時、すぐに誰かの顔を思い浮かべることのできる人のことだって。
その人が生きていても、死んでいても。
たとえ、その人に、『大好き』って言ってもらえなくても。

「大好きな人が思い浮かばない人はシアワセじゃないの?」
って、ナターシャはマーマに訊いたんダヨ。
ナターシャは、『誰が好き?』って訊かれたら、『パパとマーマ』って答えるヨ。
それから、星矢お兄ちゃんに 紫龍おじちゃん、イッキニーサン。
ヨシノにシュラに蘭子ママ。
他にもいっぱい。

大好きな人がいない人っているのカナ?
ナターシャには、そんな人がいるなんて信じられなかったんダヨ。
デモ、ナターシャ、思い出したノ。
パパに会う前、ナターシャには大好きな人がいなかったコト。

「そうとは限らないかもしれないね。自分以外の誰かじゃなく、自分のことが誰より大好きな人もいるから」
って、マーマは言った。
「もしかしたら、自分だけが大好きな人も幸せなのかもしれない。その人は、そう思っているかもしれない」
って。
ナターシャは、ナターシャがナターシャのことを好きかどうかなんて 考えたコトがなかったカラ、ちょっと不思議な気がしたノ。

マーマに そう言ったら、マーマは、
「大好きな人が たくさんいる人は、自分が自分を大好きかどうかなんてことは、あまり考えないからね」
って言った。
「幸せにも、いろんな幸せがあるんだよ」
って。
「自分だけが好きな人も、もしかしたら 幸せなのかもしれないけど、でも、そういう人たちの幸せには 喜びは少ないだろうね。“自分”は自分が考えることしかしないから、自分しか好きじゃない人には、びっくりするような嬉しいことが起こらないの。大好きな人がいないから、大好きな人に『大好き』って言ってもらって 嬉しい気持ちになることもない」

ナターシャ、『そんなシアワセはいらないヨ!』って思ったヨ。
パパとマーマに『大好き』って言ってもらうのが、ナターシャは大好きだったカラ。
パパとマーマに『大好き』って言ってもらえるのは、新しい お洋服を買ってもらうコトより、おいしいケーキを食べることより嬉しい。
マーマも、
「僕も、ナターシャちゃんに『大好き』って言ってもらえると嬉しいよ。ナターシャちゃんが楽しそうに笑っているのを見るのが嬉しい」
って言ってくれた。
自分だけが好きな人のシアワセは、マーマも ほんとは よくわからないんだっテ。

人を嫌いになることは仕方ない。
苦手な人がいるのも、仕方ない。
でも、大好きな人がいない人は悲しい。
マーマは そう言って、パパとイッキニーサンの昔の お話をしてくれたノ。

パパは、パパのマーマが大好きだったんだって。
パパのマーマが死んじゃった時、パパはとっても悲しくて つらかったけど、たとえ死んでしまっても、パパはパパのマーマを大好きだったから、パパはシアワセでなくなることはなかったんだって。
ナターシャ、『ヨカッター』って思ったヨ。

デモ、イッキニーサンは……。
イッキニーサンには、とっても大好きな女の子がいたんだって。
その女の子が死んだ時、イッキニーサンは、その女の子を死なせた人や その女の子を守ってあげられなかった自分を憎んで、憎みすぎて、自分が その女の子を大好きだったことを忘れちゃったんだって。
その時、イッキニーサンはシアワセじゃなかった。
ダッテ、その時のイッキニーサンには 大好きな人がいなかったんだもの。

ケド、イッキニーサンは、パパやマーマや星矢お兄ちゃんや紫龍おじちゃんに会って、自分が 大好きだった女の子のことを思い出した。
その女の子を大好きだったことを思い出した。
その女の子が もういないことは とっても悲しいけど、でも、その女の子を大好きだったことを思い出して、それでイッキニーサンは シアワセを取り戻したんだって。
今は、イッキニーサンもパパも、大好きな人がいるからシアワセなんダヨ。






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